Ⅴー3
再び、先生にアパートまで送って貰った。冷たい口調に反して、やっぱり先生は優しい。
「また何かあればすぐ連絡しろ。こちらでも調べてみる」
「理央さんとは会わない方がいいんでしょうか?」
わたしは聞いた。
「しばらくは会わない方がいいだろう」
こんな時になんだけど、会えないならおみやげに買ってきたお菓子が悪くなってしまう……と思った。少し待ってもらい、急いでアパートに取りに行く。
「理央さんと食べてください」
わたしは先生に、地元で有名などら焼きの箱を差し出した。理央さんは和菓子が好きだと言っていたので、きっと喜んでくれるだろう。
「……君に会った理由を聞かれる」
先生はそう言い、箱を受け取ろうとしなかった。わたしは少し考えて言った。
「理央さんに会いに行ったんですけど、居なかったので、隣の先生におみやげを渡したということでどうでしょう? あくまで、わたしが勝手にマンションに行ったということで」
「君が連絡もしないで、マンションに来るか?」
「……そんなに不自然ではないと思います。理央さんだって、勝手にわたしの会社の前で待っていたりしますし」
「……まあ、分かった。そう伝えよう」
「先生も食べてくださいね」
先生は軽く頷き、ようやく笑った。それは理央さんの綺麗な笑顔とだぶり、ふと彼に会いたい……と思った。
夜になり、理央さんから電話がかかってきた。
お土産のお礼と、わたしが実家に帰っていた間の話を聞かれる。理央さんも実家の神奈川に一度帰ったそうだ。
今日、勝手にマンションに行って先生に会ったことは、特に怪しんではいないようだ。
彼は年明け早々映画の撮影が始まり、忙しいらしい。ほっとする優しい声に疲れがみえる。
けれど、忙しいことは返って都合がいいのかもしれない。今は彼に会うことができない。
正月休みが明けて、すっかり普通の日常に戻った。
先生は毎日連絡してくる。決まって何か変化がないか、心配した様子で聞いてきた。
あの赤い封筒を受け取ってから、一週間が経過した。
「考えたんだが、そろそろこちらから仕掛けてみようと思う」
電話越しに先生は言った。
「どうしてですか? 何もないなら、このまま放っておけばいいじゃないですか?」
わたしは、積極的に犯人の正体を探ろうとする先生の気がしれなかった。
「何もないのは、君が理央に接触していないから……という可能性が高い。このままではただ心配するばかりで、君はずっと理央に会えない」
確かにそういうことになるのかもしれない。
こちらに戻ってきてから、理央さんに会いたいという気持ちはあった。でも、会わないほうがいい。今回のことで、理央さんと離れる正当な理由ができたとも言える(理央さんが納得するかは別の話だけれど……)。
そんなわたしの思いを知ることのない先生は、焦っているように見えた。
「理央は、よく君の会社に行っていたんだったな」
「はい。わたしの仕事の終わる時間に合わせて……」
「そうか。明日、会社の前で待っている」
「え? 先生が……ですか?」
「これからはしばらく、俺を理央だと思ってほしい」
まさか、理央さんに会えないわたしを気遣って、代理をしようというわけではないだろう。先生が何を考えているのか分からない。
翌日、仕事が終わり会社を出ると、宣言通り理央さんが待っていた。
カジュアルな服装にニット帽。淵の厚い大きな黒縁眼鏡にマスクを着用している。いつもの理央さんだ。
本当に先生なのだろうか? どこからどう見ても、理央さんとしか思えない。
「……先生?」
「理央のスタイルを完璧に真似てみた。言っていた通り、今日は『先生』ではなく『理央』だ」
そう言うと、先生は近づきわたしの手を取った。
吃驚して思わず手を離す。
「先……理央さん。近いというか、思いっきり触りましたけど、大丈夫ですか?」
最初に「近づくな」と言われてから、今までできる限り、わたしから先生の側には寄らないようにしてきた。
この至近距離。普段、あんなに距離を取ってきたのは一体何だったのだろうと思う。
「嫌か?」
「いえ。……先生が嫌なのでは?」
「だから、先生と呼ぶな。……仕方がないだろう」
先生はもう一度わたしの手を取り、繋いだ。彼の手は理央さんと同じくらい冷たい。
それから先生は、
「もう少し、楽しそうに笑ってもらえないか?」と小声で言った。
「おかしくもないのに笑えません」
「まあ、そうだな……。それでこの後、いつもはどこへ行くんだ?」
「いつもというわけではないですが、ラーメン屋さんです」
「ラーメン?」
先生の声が大きくなる。
「どうしたんですか?」
「理央とラーメンか……」
耳元でそう言った。
「先生まで、おかしいと思いますか? ラーメン、凄く美味しいですし、理央さんも気に入ってくれましたよ?」
「……やっぱり君はなかなか面白いな。では、俺たちもそこに行こう」
「あの、割り勘ですからね」
「そんな教育は受けていない」
先生は冷静な声でそう言った。こういうところは、やっぱり理央さんに似ている。
違和感が半端なかったが、わたしたちは手を繋いだまま、例のラーメン屋さんに向かった。
「驚くほど順調な展開だ」
五分ほど歩いて、不意に先生がそう言った。
「え?」
「あの男、君の会社からずっと俺たちの後をつけてきている」
わたしは振り向いて、その人物を確認した。
「……古杉さん?」
同じ部署の古杉さんだった。彼はわたしの視線に気づいた瞬間、踵を返す。
「古杉さん!!」
わたしはありったけの声で叫んだ。彼はわたしの大声に驚いたのか、その途端、硬直したように動かなくなった。
古杉さんは、近づいてくるわたしたちから逃げようとはしなかった。
「何か、用があるんですよね? もしかして、あの脅迫めいた手紙を出したのは貴方ですか?」
先生が彼を睨みながら、そう言った。いつもの先生ではない。でも、最初に会ったときの淡々とした、ビジネス的な雰囲気ともまた違う。
まるで、そう……理央さん。
先生は見た目だけではなく、理央さんを演じていた。
「そんなのは知りません」
古杉さんは俯いてそう返す。
「じゃあ何で僕たちをつけていたんですか?」
「それは……だって、姫は好きでもない男の人に無理やり付き合わされているって聞いたから……。貴方の住所が分かれば、姫を助けられると思って……」
「姫?」
「茅野さんです。茅野さんは僕たちの大事な姫なんです!! 芸能人だか何だか知りませんけど、遊びなんでしょう? 僕たちに彼女を返してください!!」
先生がわたしを見る。そんな怪訝な表情されても、わたしだって古杉さんが何を言っているのか分からない。




