Ⅴー1
わたしは、予定通り大みそかに帰り、実家で新年を迎えていた。
朝からテーブルに、母が作ったお雑煮とおせちがとても豪勢に並べられている。
父は元旦だろうと、わたしが居ようと居まいと関係なく、囲碁の雑誌を読んでいた。そんな昔と変わらない普通の光景が懐かしい。
朝食を食べ終わり、片付けが終わると特にすることもなく、わたしは本棚から懐かしい本を引っ張り出した。
実家に置きっぱなしにしてあったホラー小説の数々。それにしても、ホラー小説というものはやたらと黒い表紙が多い。
午後になり、詩乃がやってきた。昨日も駅まで迎えに来てくれた。子供たちは、旦那さんと旦那さんの両親に見てもらっているのだと彼女は言った。
「ええ? どうして千紀たち連れてこないの? お年玉だって直接あげたいのに……」
わたしは言った。
「子供たちが一緒に居たら、姉ちゃんとゆっくり話せないからね」
詩乃は笑って答える。三人の子供の母親なのに、やっぱり彼女自身が子供のようだった。
「姉ちゃん、これから一緒に初詣に行こう」
「近くの神社ね」
「うん。有名な神社もいいけど、なんといってもいつもお世話になってる氏神様にお参りするのが一番だよね」
詩乃はそう言って、嬉しそうにまた笑った。
わたしたちは神社でお参りをし、甘酒を飲み、それからおみくじを引いた。
詩乃は大吉で、わたしは小吉。少しがっかりしたけど、恋愛運だけは異常に良くて、詩乃は自分のことのように「恋愛運さえよければ勝ったも同然だよ。よかった」と嬉しそうに言った。
帰りに買い物をして家に戻った。母と妹と三人で台所に立つのも久しぶりだ。
まるで、十年前に戻ったみたい。
早めの夕飯はそれぞれの得意料理が並び、朝同様ご馳走になった。父に付き合って、お酒を少しだけ飲む。
お正月のお笑い番組がテレビから流れている。普段テレビを全く見ないが、このお正月の特番の雰囲気は華やかでいいなと思う。色鮮やかな画面を見ているだけで、気持ちが明るくなる。
コマーシャルで、理央さんが映った。
「あ、姉ちゃん。叶理央だよ」
詩乃が言った。理央さんは綺麗な白い指先で女性に触れた。彼も相手の女性も妖艶で美しい。どうやら、新商品の化粧品のCMらしい。
「女の人より綺麗だね」
詩乃はうっとりとしてそう言った。
「でも……笑うとすごい……可愛いよね」
わたしは理央さんの笑顔を思い出しながら呟いた。
「ああ、トーク番組とかではよく笑うよね。性格も良いなんて、まさにパーフェクトだよって……姉ちゃん!! ホントに叶理央のファンなんだね?」
「この間から、なんでそんなに吃驚するの?」
「だって、姉ちゃんってもてるのに、今まで一回も男の人に興味示したことないじゃない!! 褒めるってこともないしさ。学生の時だって、本を読む以外は時間の無駄……みたいな感じだったし」
「なになに? ふみ、好きな人ができたの?」
母まで笑って会話に交ざる。
「芸能人だけどね」
詩乃が間髪入れずに言った。
「あら、でもいい傾向じゃない。じゃあ、その芸能人に似ている人を探したらいいんじゃないかしら」
「いやいや、母ちゃん……。相手はウルスタの叶理央だよ。似てる人なんてそうそう居ないわけ」
詩乃が、眉間に皺を寄せてそう言った。
「叶理央ってあのドラマに出てた?」
「あ、母ちゃんも見てたんだ? 良かったよね。主題歌もドラマとぴったりでさ。私、何回も泣いたよ」
「泣けるわよね……。彼の切ない表情、きゅんとくるのよ」
わたしをそっちのけで、二人で盛り上がっている。わたしは理央さんのドラマなんて見たこともないし、彼がドラマに出ていることさえ知らなかった。
「ほんとにあの俳優さん、素敵だったわ。でも、意外にふみって面食いだったのね」
母が言った。どう返事をしていいのか分からない。
「そうそう、その叶理央、今度映画に出るらしいけど、母ちゃん一緒に見に行かない?」
妹がそう言うと、母は瞳を輝かせて頷いた。父は我関せずで、また囲碁雑誌を眺めている。
理央さんは、やっぱり凄い。母も妹も普通に……理央さんのファンのようだ。
でも、わたしは二人の知らない理央さんを知っている。
マフラーに顔を埋めて、笑っている理央さん。怒った顔、照れた顔、困った顔。冷たい手、優しい声。彼の側は陽だまりみたいに温かい。
少し離れただけなのに、全部夢だったのではないかと思ってしまう。
彼に会いたいのだろうか?
自分の気持ちがわからない。
彼に相応しくないわたしは、会いたいなんて思うべきではないのに……。
翌日、誘われるまま、詩乃の家にお邪魔した。
詩乃の家族に会うのも本当に久しぶりだった。三番目の子はまだ一歳になったばかりで、会うのは初めてだ。一番上の千紀は辛うじてわたしを覚えていてくれたようで、はにかんでわたしの足にぺたりとくっつく。お年玉を渡すと、無邪気に燥いでそれがまた可愛かった。
「啓太さん、いつもおいしいみかんありがとうございます」
わたしが妹の旦那さんにそう言うと、
「お姉さん、敬語はやめてください。俺、年下ですから」と照れて言った。
真ん中の女の子を抱っこしている。啓太さんの両親とお祖母さんも、笑ってわたしを歓迎してくれた。
そういえば、これまで一度だって詩乃から嫁ぎ先に対する不満を聞いたことがない。
学生の時から家族同然に付き合っていたということもあり、彼女は義父母とも上手くやっているようだ。会話や態度から、詩乃を本当の娘のように思っているのが見て取れた。
優しい彼の家族はやっぱり優しい。彼女は、男性を見る目があるのだと思う。
またしても豪華な夕食だった。大きなちゃぶ台に乗り切らないくらい料理が並んでいる。
どれも美味く、特におばあちゃんが作ったという味のしみた煮物が絶品だった。
遅いから泊まっていくようにと勧められたけど、わたしは帰ることにした。
啓太さんのお母さんが、わたしを車で送ってくれることになり、妹は凄い勢いで一緒に行くと言いだした(妹はお酒を飲んでしまったので運転はできない)。おまけに千紀まで一緒に来てくれることになった。
実家に着き、わたしは三人にお礼を言って別れる。
澄んだ空気の中、一人空を見上げた。素晴らしい星空だ。
理央さんにも見せてあげたいと思った。きっと彼は、また瞳を輝かせて星を見上げるだろう。
冬の星座でわたしが知っているのは、オリオン座、シリウスが有名なおおいぬ座、それから冬の大三角。でも、どれがそれに当たるのか全く分からない。
家に入ると、母が「外は寒かったでしょう。先にお風呂に入ってね」と言った。
家の中はとても温かい。変わらず、華やかな正月番組の笑い声がテレビから流れていた。




