Ⅳー5
ようやく回転が止まり、ふらふらしながらゆっくりと彼に近づく。
「大丈夫ですか?」
理央さんが言った。それはこちらのセリフだ。
「さっき、女性に声を掛けられていませんでしたか!?」
わたしは勢いよく聞いた。
「ああ、大丈夫です。ばれてはいないですよ。……なんか名前とか連絡先とか聞かれましたけど」
どうやら単なるナンパだったらしい……。それにしても、理央さんはマスクをかけていてほぼ顔なんて見えないのにどういうことだろう?
女の勘? いや、勘とかじゃなく、顔が半分以上隠れていようとも、彼は確かに格好いい。それは本にしか興味がないわたしにだって分かるのだ。キラキラした恋愛を求めている女性だったら、尚のことそういったセンサーが働くのは当然だろう。
彼はこんな地味な格好をしているけれど、ウルトラ……ミラクルスーパースター……。
「どうしたんですか?」
突然黙り込んだわたしに、理央さんはそう聞いた。
「すみません。なんでもないです。……あの、理央さん……教えたんですか?」
「何をですか?」
「ですから、名前と連絡先です」
「……教えるわけがないじゃないですか。もしかして僕のこと、素直に聞かれたことを何でも答えるバカだと思ってませんか?」
強めの口調で、逆にそう返される。
「そんな風には思ってないです。……すみません」
もう謝ってばかりだ。
それにしても何だか不思議だった。彼にはわたしではなく、別の女性を見てほしいと思っていたはずなのに、気づけば簡単に逆ナン女性に靡かない彼にほっとしている。
個人的に逆ナンをする女性が好きじゃないだけ……。きっと、彼女たちが理央さんに相応しくないと、心のどこかで思っているからに違いない。
「ふみさん以外の女性に興味ないですから」
理央さんは怒ったような口調のまま、はっきりと言った。
なんて答えたらいいのだろう?
返答によっては、また更に怒られてしまうような気がする。
「……そんな顔をしないでください」
理央さんは困った声でそう言った。こういうことが……前にもあった。マスクで見えなくても、彼がどんな表情をしているのか声で分かる。
わたしの方こそ、理央さんにそんな哀しい顔をしてほしくなかった。
「何かわたしにできることがあるなら……します」
わたしは、思わずそう言っていた。
「え?」
「えっと、理央さん、何かやりたいこととかありますか? いつもしてもらうばかりで、友達……だとしたら全然対等ではないので」
理央さんは、何も言わずにわたしを見ている。
「……急に、変なこと言ってますね。ごめんなさい。それにわたしにできることなんて……何もないですよね?」
勢いで言ってしまったけれど、考えてみたら彼にしてあげられることがあると思うこと自体おこがましい。
「あの、いえ……。ちょっと、待ってください!! 無限にあります」
理央さんは慌てたようにそう言った。その必死な声に吃驚する。
「すみません。えっと、少しだけ……時間をください」
わたしはいつもと違う冷静さを欠いた理央さんに驚きつつ、黙って頷いた。
「今日はここに居る間だけでも、極力手を繋いでいてもらえませんか?」
理央さんはしばらく考えた結果(だと思う)、そう言った。
「え?」
「さっき、お化け屋敷の中で手を繋いだでしょう? 本当は離したくなくて……」
それは、怖かったからだ。ただ差し出された手を、無意識で繋いで、無意識に離した……。それだけのこと。
「分かりました」
彼が望むなら、それくらいのことは別に構わないと思った。
わたしの右手は彼に繋がれている。優しく、きゅっと……。
彼の手は、冷たい。
そしてこれは、恐らくカップル繋ぎというものだった。友達がしていい繋ぎ方ではない。というより、異性の友達の場合、こんな風に手を繋いでいいのだろうか?
理央さんは嬉しそうに、繋いだ手を微かに揺らした。
「無理です!!」
わたしは、耐えられなくなって手を離す。
我慢しようとしたけど、本当に無理。恥ずかしすぎて、手を繋いだ瞬間からぞわぞわが止まらなかった。
理央さんは、ショックだったのか離れてしまったわたしの手を呆然と見つめている。
「あの、理央さんのことが嫌なわけではないんです。こう、交差させて手を繋ぐとか慣れてなくて……。せめて普通に繋いでもらえませんか?」
「……すみません」
理央さんは、わたしに言われて、初めてそのことに気づいたようだ。
申し訳なさそうに俯いている。
どうしよう……。
自分から何かしたいと言ったのに、彼を傷つけてしまった。
ここは気持ちの切り替え……だと思った。
彼から繋がれていると思わず、わたしの方が彼の手を繋いでいるなら、決して恥ずかしくはない。清水さんと桐原さんから逃げた、あの時のように。
わたしは小さく深呼吸をして、自分から理央さんの手を取った。
理央さんは、わたしの手をそっと握り返し、
「ありがとうございます」
と言った。
「これでは満足いただけないでしょうか?」
わたしは、怖々聞いてみる。
「とんでもない。十分幸せです」
そう言って、理央さんはまた俯いた。
「どうしたんですか?」
「嬉しすぎて、勝手に顔が緩んでしまいます。マスクをしていてホントに良かった……」
こっちこそ、彼がマスクをしていてくれてよかったと思う。
手を繋いだまま、あの綺麗な顔で微笑まれたら、それこそ耐えられない。
「……ふみさん、お土産屋さん見ますか?」
彼がそう聞いた。
わたしは頷く。
メリーゴーランドの近くにあるお土産屋さんには、メルヘンな可愛いグッズがたくさん並んでいた。
「可愛い……。これ、さっきのユニコーンですね」
わたしはパステルカラーのぬいぐるみを見ながら言った。
「そうだ。良かったらプレゼントさせてください。今日の記念に」
理央さんが言った。
「でも……」
「こっちに大きいのもありますよ」
「……いえ、この大きさが一番可愛いと思います」
わたしは直径二十センチくらいの水色のユニコーンを持っていた。
「じゃあ、それを」
理央さんはわたしからぬいぐるみを受け取り(というより奪い)、レジに並んだ。




