Ⅳー3
「理央さん、可哀想です。そんな体質じゃなければ、もっと可愛くて素敵な女の子、いくらでも選べます。遺伝だか何だか分かりませんけど、なんでよりによってわたしなんか選んじゃうんですか?」
わたしは、思っていたことをはっきりと言った。
「可哀想? 僕は、別に遺伝子だけに従っているつもりはありません。香りだけじゃなくて、ふみさんの全てが好きなんです。見た目はもう可愛くて大好きですし、性格はとても面白くて、僕は貴方と一緒に居るだけでこれ以上ないくらい幸せな気持ちになります」
面白い……? これまで全く自分のことを面白いと思ったことなんてない。
それに、可愛いという言葉は何度言われても信じられなかった。
「理央さん、絶対おかしいです!! わたしなんて……」
「わたしなんてって、二度と言わないでください。本人だとしても、僕の好きな人を貶めるような言い方……聞きたくないです。次に言ったら怒りますからね」
落ち着いた声だけど、だからこそ怖い。すでに怒っている……と思う。
それから理央さんは一旦目を瞑り、自分のこめかみ辺りに手を当てた。
「……ごめんなさい」
沈黙に耐えきれなくなって、わたしは謝る。自分を卑下したことを謝るなんて……なんだかおかしいと思いながら。
「いえ、こちらこそ……。でも、ふみさんはもっと自分に自信を持ってください。本当は、自信がないのは僕の方……ですね」
「そんな……理央さんは、ウルトラミラクルスーパースター。みんなの王子様じゃないですか?」
「好きな人に好きになってもらえなければ意味はないです」
理央さんはそう言った後、わたしをじっと見つめた。
「……もっと努力しますね」
彼は優しく言った。理央さんに、努力は必要ない。
視線も甘い言葉も、痛いくらい突き刺さる。
なんとか平静を装ったけれど、ささやいた「努力します」と言う感情の籠った言葉に、目眩がしそうだった。
「……遅くなりましたね。送って行きます」
彼が言った。時計を見ると、もう二十ニ時を回っている。だいぶ話し込んでいたようだ。
わたしは、車で家まで送ってもらった。
翌日、会社に行くと駒井さんがいそいそとわたしの席にお菓子を持ってきた。
部署が違う彼女とはほとんど接点がなく、普段は挨拶を交わす程度だ。
「茅野さん、新商品のお菓子、良かったら食べてください」
そう言う彼女は、分かりやすいくらい上機嫌だった。理由が分からずなんだか怖い。
それに、今日はどうも周りから視線を感じる。特に男性社員から……。
駒井さんが去った後、今度は清水さんがやってきた。何故か眉を顰めている。
「今の、人事部の駒井さんですよね? あからさまですね」
彼女は小声で言った。
「何が……ですか?」
「先輩、昨日例の彼氏さんと会社の前で会いましたよね? それ、営業部の穂村さんに見られていたみたいです」
一瞬考える。
彼氏ではないのだけれど、間違いなく理央さんのことだろう。
穂村さんに、理央さんだとバレてしまったということだろうか?
わたしは考えながら動揺して、貰ったお菓子を全部落としてしまった。清水さんはすぐにお菓子を拾い、お構いなしに続ける。
「クール姫に男の影って男性社員、朝から大騒ぎです。みんなショック受けてますよ? 駒井さんは穂村さんの失恋を狙って、今がチャンスとばかりに彼を落としにかかるようですけど……」
「え?」
「あ、クール姫って先輩のことですからね? わたしも最近知ったんですけど、先輩の異名です」
清水さんは、あっけらかんと続ける。
「知らなかったんですか? 先輩、男性社員から陰でそう呼ばれています。しかも、どうやら勝手に協定が結ばれているようで、クール姫、つまり先輩を独占するのは禁止されているんです」
「独占? クール? ……姫?」
さっきから、なんのことだか分からない。
姫? また、姫? 遺伝子のせいでおかしい理央さんならまだしも、姫なんてアラサーのわたしに対して嫌がらせ以外の何物でもない。それにクールも何も、誰に対しても必要最小限にしか話さないというだけのことだ。
本当に、訳が……分からない。
唯一、平穏だった会社までおかしくなってしまった。
大体、理央さんのことがバレたわけでもないのに、騒ぎになるというのはどういうことだろう……?
それでもわたし個人に対する嫌がらせとかなら……我慢できる。バレたわけではない。
わたしは、安堵から大きく息を吐く。
気付くと、斜め前の席の古杉さんが何故かこちらを見ていた。
何か言いたいことでもあるのだろうか?
古杉さんはわたしと目が合うと、慌てたようにあからさまに視線を反らした。
しばらくは、仕事中もひそひそ話や視線を感じていた。けれどわたしは、気にせずいつも通り過ごした。
いつも通り仕事をする以外、どうしていいのか分からなかった。そうしているうちに少しずついつもの日常に戻り、職場の雰囲気が完全に元に戻った十二月半ば、久しぶりに理央さんから連絡があった。
わたしはジェットコースターの列に並んでいる。
冬の遊園地は、着込んでいてもとても寒い。
「遊園地に行きましょう」と誘ってきたのは、勿論理央さんだ。
わたしはまたしても誘いを断り切れず、彼の横でこうして列に並んでいる。
彼は遊園地には幼いころに一度来たきりだと言った。かく言うわたしも、高校の修学旅行以来だ。
理央さんは最初、いつものように配慮からか「ふみさんのお休みの日にしましょう」と言った。けれど、土日の遊園地なんて彼が見つかるリスクが高すぎる。
わたしは平日に有休をとることにした。これまでの有休の使い方といえば、纏めて五日ほど一気にとり、長編小説を読むくらいで、こんなアクティブな理由で有休を使うなんて初めてだった。
でも、とにかく騒ぎには巻き込まれたくない(会社の騒ぎもようやく落ち着いたところだし)。
理央さんには変装を完璧にしてくださいと頼んでいた。そんなわけで、本日はいつに増して目立たないよう配慮した格好になっている。
ナチュラルな栗色のウェーブのウィッグ(また衣装さんから借りたのだと思う)、キャップ、黒縁眼鏡、マスク、黒のマフラー。服装は平凡なチェック柄のシャツとセーター、ジーンズ、スモークグレーのコート。確かに、どこにでも居そうな地味な色合い、ありきたりのコーデ。アイテムどれ一つをとっても、一切目立つ要素はない。
だけど、それでもやっぱり格好いい。眼鏡越しの瞳しか見えていないのに、どういうわけか目立っている。
まあ……仕方がない。
多少目立ったとしても、理央さんだと気付かれなければ問題はないはずだ。




