Ⅳー2
広いリビングに通され、理央さんはインテリア風のお洒落な緑の椅子に座った。
わたしは一人掛けのソファーを勧められ、そこに座る。
「理央、どういうつもりだ?」
加納先生は、立ったままそう聞いた。
「こっちが聞きたいよ」
理央さんは先生を睨み、更に続けた。
「僕に口止めして、どうして自分から彼女に兄だなんて中途半端なこと言うの?」
「別に自分から言ったわけじゃない。言わざる得ない状況だった。それに、嘘ではないだろう?」
「肝心なことを隠して?」
先生は何も返さない。
「……大体、僕は最初からふみさんに隠し事なんてしたくなかった。家族のことも言えないなんておかしいよ」
「それでまた痛い目に合うのか?」
先生は冷たい顔で理央さんを見ている。そして続けた。
「これまでの女のように間違って好かれたって困るんだよ」
「ふみさんが見た目で選ぶって思ってるの? 大体、彼女は最初から僕のことを好きだなんて一言も言ってない。だから今の状況で佑月を選んだって仕方ないし、彼女の自由だ。佑月の存在を隠してまで好かれようなんて、そんなのはまるで……最初から僕は佑月に負けているみたいじゃない。彼女が無類の本好きで、佑月が作家だから? それで僕より佑月を好きになるんじゃないかって? 佑月、おかしくなったんじゃないの? 余計な危惧だし、己惚れもいいとこだよ。それにそうなったとしても、僕は僕を好きになってもらえるように努力するだけだから」
いつもの穏やかな理央さんとは別人だった。
冷静に、だけど強い意志が伝わってくる。
わたしは、彼がアラサーという言葉に反応した時のことを思い出していた。
「……悪かった」
しばらくして、先生は視線を下に向け、そう言った。
理央さんは椅子から立ち上がり、佑月さんに近づく。そして大きく息を吐いた。
「……ごめん。言いすぎた。佑月が僕のために良かれと思って、いつも影の役割をしてくれていたのは知ってる。よくわかってる。でも、佑月は佑月で……僕のために居るわけじゃない」
「ああ」
「だから、もし佑月がふみさんを好きになったとしたら、僕は躊躇なく戦うよ?」
理央さんは笑って言った。
「……冗談じゃない。ありえない。……大体、君はセックスもできない俺と付き合えるか?」
急に先生がわたしにそう振った。
吃驚……した。不意打ちで……凄い質問をする。
そんな生々しいことを、綺麗な理央さんの顔で言わないでほしい。
「別に、そういう行為だけが全てじゃないと思うけど」
理央さんが言った。
「女に興味ない」
先生はきっぱりと言った。なんでわたしは、ここで先生に振られたみたいな気分(実際振られたんだろうけど)になっているのだろう……。
「あの、そういえば、先生……髭はどうしたんですか?」
わたしはふと気になり、そう聞いた。
「今、この状況で聞くことか!?」
先生に冷たい目で睨まれる。
「あれは、付け髭ですよ」
理央さんが教えてくれた。
わたしと理央さんは先生の部屋を出て、マンションの通路に居た。
「吃驚させてすみませんでした。兄弟喧嘩なんて、恥ずかしいところまで見せてしまうし……」
理央さんは、俯いてそう言った。
だいぶ落ち込んでいるようだ。
「吃驚はしました。でも、もう多少の免疫が付いているというか……。理央さんに出会ってから、ずっと吃驚させられっぱなしなので」
わたしは言った。
「ふみさん……僕に呆れてないなら、一緒にお茶でもどうですか?」
理央さんは隣の部屋を指差して言った。
どうやら隣の2805号室は彼の部屋らしい。
理央さんに呆れてなんていない。
別の理由で少し躊躇っていたが、それも余計な心配だと思い、わたしは彼の部屋にお邪魔することにした。
玄関もリビングも先生の部屋と全く同じ作りだった。
でも、置いてある家具がナチュラルな色合いなせいか、理央さんの部屋は温かみがあり落ち着く。何気に観葉植物も多かった。
先生の部屋同様、リビングのソファーに勧められたのでそこに座る。
「お腹空いてないですか?」
理央さんが言った。
緊張と驚きで今まで空腹なんて感じていなかったが、改めて聞かれると夜ご飯を食べずに来たから確かにお腹は空いていた。
腕時計は二十時を回っている。
ただ、初めてお邪魔した家でお腹が空いたなんて言うのは図々しい気がした。
「昨日作ったクリームシチューがあるので、一緒に食べましょう?」
理央さんはそう言って、勝手に準備を始めた。
しばらくして、彼はリビングへ温かいシチューを運んできた。
「理央さん、料理するんですね」
わたしは言った。
「気が向いたらですけど。……どうぞ、お召し上がりください」
執事風に恭しくお辞儀をする。
「いただきます」
わたしは一口食べる。
「おいしいです」
本当に美味しかった。理央さんは、笑ってそんなわたしを見ていた。
シチューを食べ終えた後、彼は紅茶を淹れてくれた。
「本当は、佑月も一緒だったんです」
紅茶の湯気が立ち上る中、突然彼が言った。
「何が……ですか?」
理央さんの言葉には肝心の目的語が欠けていた。
「ウルトラミラクルスーパースター」
「ああ!! やっぱりユニット名だったんですね」
一つ謎が解決した。理央さんは頷く。
「その名前は、どなたが考えたんですか?」
「事務所の社長が付けてくれました。できるだけ目立った方がいいと……。彼は父の友人で、家の事情を知っているんです」
「確かに、すごいインパクトですよね」
「でも……佑月は自分が好かれても仕方がないって。最終的に、僕一人に」
「……そんなの勝手じゃないですか?」
「いえ、それも佑月の優しさなんです。それに、実は雑誌のモデルの仕事だけはたまに変わってくれているんです。誰も気づきませんけど……」
理央さんは、まるで気づかれてもいいような言い方をした。
彼がすり替わっていて、その上双子だなんて気づかれたら大変な騒ぎになるだろう。
「理央さんは、先生もアイドルになるべきだと思っていますか?」
「……先生?」
理央さんは驚いた顔で聞き返した。
「あ……佑月さんのことです」
「……さっき確かに佑月が作家だって言ったけど、もしかして佑月の小説を以前から知っていたんですか?」
わたしは頷く。
もう言ってもいいだろう。これ以上、わたしも理央さんに嘘をつきたくなかった。
「……すみません。先生の小説は、先生が佑月さんだって知る前から読んでいます」
「そうでしたか。面白いですよね、佑月の小説」
「理央さん!! 発売したばかりの、シリーズの最新刊、読みました?」
「勿論。原稿の段階で読んでいます」
「羨ましい!!」
わたしは思わず大きな声を出してしまう。
「……本当に、好きなんですね」
理央さんは笑った。それから、
「これは、ホントに戦わなくてはいけないかもしれませんね」と呟く。
「……え?」
「いえ、気にしないでください。それでさっきの話ですけど、佑月が望んでないならアイドルになんてならなくていいと思います」
「理央さんは、アイドルになりたかったんですか?」
「……なかなか答え辛いこと聞きますね。正直、アイドル……というか、芸能人になりたいと思ったことは一度だってないです。でも、やっぱりどうしても目立たなければならなかったので」
「その……遺伝子のせいですか?」
「……今はこの仕事も好きですよ。それにこの仕事をしていなければ、ふみさんには会えませんでしたから」
微笑む理央さんを見ながら、それでそのわたしに会ってしまったことが問題だと思った。




