Ⅲー4
「先生、聞いてもいいですか?」
わたしは言った。
「佑月でいいと言っただろう。……まあ、今はいい。それで何?」
「先生は、理央さんの血縁者ですか? それに、どうしてマネージャーのお仕事をしているんですか? あと、わたしが先生のファンだって理央さんに知られたくないというのは何故ですか?」
自分でもびっくりするくらい、堰を切ったように一気に質問してしまった。ずっと気になっていた。
「……そんなにいっぺんに聞くな」
先生は面倒くさそうに言って、一度かけた車のエンジンを切った。
「すみません」
わたしは謝る。
「理央が芸能人をやっているのには訳がある。聞いたと思うが、理央は異常な遺伝子のせいで特定の女性としか子供が作れない」
「聞いています」
「アイドルなら女性が勝手に寄ってくるし、その上理央のファンからは最初から好かれている。つまり、芸能人という職業のおかげでその特定の女性が見つかる確率も結ばれる確率も高くなる。……俺が理央のマネージャーをしているのは、理央に申し訳ないからだ」
「どういう意味ですか?」
「理央は弟だ。でも兄である俺は、理央と同じはずの異常な遺伝子が働かない。……壊れている」
先生と理央さんが兄弟。血縁関係があるだろうと思っていたから、まあそれは予測の範囲内だ。でも……。
「壊れている?」
その意味が分からず、わたしは聞き返した。
先生の返事はない。
「よくわからないですけど、そのほうがいいじゃないですか……。それは逆に、普通ということですよね?」
わたしは考えながらそう続けた。
「……そうじゃない。俺は欠陥品だ。今まで一度も女性から特別な匂いを感じたことがない」
彼は、抑揚のない声で言った。
「先生は、まだその自分の特別だと思える女性に出会っていないだけではないですか?」
「……女の君に言っても分からないだろう。生まれつき反応しない体だ。……だから、理央には苦労をかける」
確かによく分からない。もしかしたら、先生は性機能障害……なのだろうか? それならわたしに言いづらいのも分かる。
「女の人が苦手だって理央さんから聞きました」
「ああ」
否定しない。肉体的なことはさておき、やっぱり同性愛者ということも十分考えられた。
「こんなことをわざわざ君に話しているのは、理央を裏切ってもらいたくないからだ。以前理央が付き合った女の中に、俺と理央、二股を掛けようとした馬鹿がいた」
「先生のファンだったんですか?」
「いや、その女は小説なんて興味ない」
兄弟でも理央さんと加納先生は全くタイプが違うと思うのだけれど、兄弟を競わせる(?)小悪魔みたいな女性だったのだろうか? 小説には興味なくても、先生は(覆面作家だから名だけだけど)理央さん同様有名人だ。世の中にはお金目当てのしたたかな女性だってたくさんいる。小悪魔なんて可愛いものではなく、悪女そのものだったのかもしれない。
「でも、裏切るも何も、わたしは理央さんと付き合っていないので」
わたしは言った。
「理央は君を選んだ。あいつの気持ちに応えてやってほしい」
先生からそんな風に真剣に頼まれるとは思ってもいなかった。瞬間、理央さんに負い目を感じているというより、ただ彼の幸せを願っているのだと気付く。
理央さんは先生のことを優しい性格だと言っていた。きっと、その通りなのだと思う。
それでも……。
「はっきり言って、重いです。結婚前提ですか? それに、わたしじゃなくても理央さんと結ばれた女性に子供が出来なかったらどうするんですか? 先生も理央さんも家系を守ることばかりに必死で、相手の女性を……まるで道具みたいに思ってはいませんか?」
「そんな風には思っていない。俺は、理央が幸せになれるならそれでいい。子供ができない場合は残念だが仕方がない。直系以外にも叶の遺伝子を受け継いでいるものはいる。それに、あの理央が女性を道具だなんて思うはずもないだろう?」
それは……確かにその通りだ。本当は分かっている。優しい理央さんが、女性の気持ちを無視して利用したりするはずがないと……。
「多分俺が欠陥品だから、理央は余計に必死になっている。俺のためにも、家のためにも最初から努力しないのは良くないという考えなんだろう。でも大丈夫だ。それだけじゃない。あいつは幼いころから純粋に、自分の運命の相手が必ずいると信じていたからな」
「だったら余計に……それがわたしのはずがないじゃないですか?」
わたしは言った。
「……君は中々手強そうだな。でも、それもいい。上辺で寄ってくる女よりは大分マシだ」
そう言って、先生は少し笑った。
褒められているのだか貶されているのだか分からない状況で、初めて彼の笑った声を聞いた気がした。
家の前まで送ってもらった。
あまりにいろいろありすぎて、考えが纏まらない。
あのコンサートの日からおかしい。
国民的アイドルの理央さんだけではなく、憧れの加納先生とも知り合いになれた。
すごい兄弟だと思う。
有難いことだとも思う。
でも確認するまでもなく、わたしが望む平穏からは間違いなく遠ざかっている。
自分の部屋で新刊の続きを読む。この小説を書いているのがマネージャーの柚木さん(思い込みの柚木さん)だったのかと思うと、とても不思議だった。
夜中の二時。小説を読み終えた。この感性……。
実際の加納先生が何を言おうと、たとえ同性愛者だろうとサディストだろうと、わたしは先生が好きだ。こんな小説を書ける人に悪い人は居ない。
しばらく泣いた。
今日は泣いてばかりの一日だ。
そして、あんなに長く車の中で一緒に居たのに、結局先生からサインを貰い損ねてしまったと思った。
「先輩、おはようございます」
目の前には、地味な制服姿の清水さん。彼女はいつだって元気だ。わたしも挨拶を返す。
理央さんの舞台を見に行った日から一週間が経っていた。加納先生の小説を読み終えたわたしは、通常のSF月間に戻っている。ここのところ、日常は至って平和だった。
いつも通り就業時間きっかりに仕事を終えて職場を出ると、ウルトラミラクルスーパースター……。
彼が、ガードパイプに寄りかかっているのが見えた。
はっきり言って、油断していた。
「ふみさん、お疲れさまです」
久しぶりに聞く柔らかい声。今日の彼は帽子をかぶっていなかった。大きい眼鏡とマスクのみ。服装は、清潔感のある白のYシャツにケーブルカーディガン、細身のジーンズ、ダッフルコート。今日の理央さんは学生みたいに清楚で爽やかだ。
「理央さん、舞台は終わったんですか?」
「はい。昨日で」
彼の声が弾んでいる。
マスクで良く分からないけれど、多分彼は笑顔でわたしを見ていた。
「先輩? こんなところで、どうしたんですか?」
不意に声を掛けられ、わたしは後退る。
すぐ横に、会社から出てきたであろう清水さんと桐原さんが立っていた。




