Ⅱー13
「すみません……。変な遺伝子で気持ちが悪いって思いますよね……。それとも、やっぱり信じられませんか?」
わたしは答えられず、俯く。
「……正直に何でも話せばいいってものではないって分かっているんですけど」
見上げた理央さんの頬は赤い。
今聞いた話を、わたしが全く同じように別の人に話したところで、きっと誰も信じないだろう。現実味のない話……。
大体そんな訳の分からない遺伝だとか家系だとか聞いたことがない。
勿論、信じられない……。
信じられるわけがない!! 立ち上がり、「あり得ない!!」と大声で叫びたいくらいだった。
でも……他の誰でもない、理央さんが言ったのだ。嘘なんてつくはずがない。
「……理央さんの話、信じます」
「ホントですか?」
彼は、勢いよく言った。
「……けど、間違っていると思います」
「それは……どういう意味ですか?」
「わたしは、理央さんの運命の相手ではないということです」
理央さんの表情が一瞬で曇る。
「僕のことが嫌いですか?」
「逆です。わたしが理央さんに相応しくないんです」
「嫌っているのでなければ、そんなこと決めつけないでチャンスをください。好きになってもらえるように努力します」
理央さんは、真っ直ぐな瞳でそう言った。
綺麗……だった……。話は、決して綺麗なものではなかったというのに。
芸能人だからではない。
彼は……本当に純粋なのだと思う。
「……わかりました。じゃあ、とりあえず今まで通り友達で……」
わたしはそう応えた。
彼を傷つけたくなかった。
「ありがとうございます」
わたしの思いも知らず、理央さんはようやくいつもの笑顔で笑った。
彼に初めて会った時と同じ……。巻き戻ってしまったかのよう。
流されて、わたしはまた同じことを繰り返している。
だけど、どうしようもない……。
何の面白みもない、本を読むくらいしか取り柄のないわたし。いつか彼の方から愛想を尽かして離れるだろう。
わたしは、その日が来るのを待つしかない。
目の前に、放置されたままのパンケーキ。これでもかというくらい、クリームとフルーツがどっさりとのっている。
急いでそれらを切って口に運んだ。
「……美味しいですか?」
理央さんが聞いた。全く同じものではないけれど、彼だって似たようなものを食べている。意味が分からない。
「……理央さんは美味しくないんですか?」
「美味しいですよ」
「じゃあ、わたしだって……美味しいですよ?」
わたしがそう答えると、理央さんは笑った。
彼が笑う度、セピアの髪は揺れる。
誰とだって付き合える、このパーフェクトなビジュアル。見た目だけじゃなく性格だって優しくて、彼が笑っただけで見ているこちらまで温かな気持ちになる。
その上、コンサートホールを満員にするくらいの柔らかく美しい声まで持っている。
そんな彼の運命の相手がわたしだなんて(理央さんが勝手に思い込んでいるだけだけど)、完全にこの世界がどうかしてしまったとしか思えない。
帰りは、例によってまた揉めた。
「僕は何のために車で来たんですか?」と言われ(だから、頼んだわけではない)、荷物を理由に電車で帰ることを許してもらえなかった。
疲れていたので、もう今回は仕方なくわたしが折れた。
彼の車は国産の普通車。
色は落ち着いた藍色で、芸能人は派手な外車という勝手なイメージを一瞬で粉砕した。
柚木さんに駅まで送ってもらった時と違い、わたしは勧められるまま彼の隣に座る。
「気になったのですが、理央さんの家系の男性はみんなわたしから匂い……? を感じるということですか?」
車の中で、わたしはそう聞いた。
受け入れたのはいいけれど、理央さんのありえない家系の話は、考えれば考えるほど新たな疑問を生んだ。
「……それはないです。それぞれ香りを感じる相手は違います。一つ年上の従兄が選んだ女性に会いましたが、僕は特に何も感じませんでした。勿論これまで祖母や母、叔母からも感じたことはないですし。もしそうだったら、かなり危ない……ですよね。ふみさんは凄いこと考えますね」
理央さんが言った。
同じ遺伝の成分(?)が、一定の女性に反応するのではないのだろうか? さっぱり分からない。
それはわたしがいくら頭を悩ませたところで、永遠に解けない謎だと思った。
「そういえば、理央さん……。叶の家系って言っていましたし、芸名ではないんですね?」
「叶理央は本名ですよ」
「……格好いい名前ですね」
「ありがとうございます。単に名前のことなのに……」
理央さんの言葉が途中で途切れ、わたしは首を傾げて彼を見る。
「ふみさんに言われると、すごく嬉しいです」
そう言って、理央さんは横目でわたしを見た。
わたしはわざとらしいくらい、慌てて目を反らす。わたしが見なければ、理央さんだってこちらを見ないはずだ。余所見運転は非常に危ない。
そんなわたしの様子を見て、理央さんはまた笑っていた。
笑いながら運転するのも危ないんだけど……もう、どうしたらいいのかわからない。
部屋まで購入した本を運ぶという理央さんの申し出を断り(別に警戒してのことではない)、わたしは自宅近くで荷物と共に降ろしてもらう。
彼は「また連絡します」と言い、わたしが見えなくなるまで手を振っていた。
あのとんでもない告白を聞いた、古書店巡りから一週間。理央さんから連絡はない。
なんとなく気がかりではあったが、読書だけは非常に捗っている。
十月もあと数日で終わりだ。
加納弓槻のシリーズは、五作目まで順調に進んでいる。
不覚にも、ミステリーなのに泣いてしまった。シリーズを通して出ていた、死なないと思っていた大好きなキャラクターが思いもよらないところで死んだ。
泣くのは必然。どんな状況だとしても死は反則だと思う……。
それでも話は淡々としていた。加納先生のキャラクターたちは、いつだって自分の悲しみをあからさまに見せない。
既刊はこの五作目がラストで、来月の中旬に新刊が出る予定だった。
来月はSF月間に決めているが、気になる新刊が発売された時には臨機応変に対応する。月間のジャンルは、ストレスを溜めてまで守る絶対的なものではない。
だから、SF月間だろうと続きが気になるその本だけは、発売されたらすぐに読みたいと思っていた。




