Ⅱー10
家に着き、お風呂に入る。それからいつ眠ってもいい状態でベッドサイドに寄りかかり、読みかけの本を開いた。
やっぱりこの時間が一番の至福……。
本を数ページ読み、何気にスマホを見ると理央さんからメールがきていた。
全く気付かなかった。お風呂に入っていた時だろうか? しおりを挟み、一旦本を閉じる。
『無事に家に着きましたか? 今日はふみさんのことをたくさん知れて、とても楽しかったです。突然の誘いにも関わらず、付き合ってくれてありがとうございました。また、懲りずに連絡しますね』
文章と同時に、理央さんの声が勝手に頭の中で再生される。
そう……だから、なんでそんな完璧な『ウルスタ』の『理央様』がわたしのような何のとりえもない人間に関わろうとするのか……。
友達なんて……やっぱりありえない。
いつか話してくれるようなことを言っていたけれど、このまま悠長に待っていていいのだろうか?
気になりながら、ずっとただ受け身で居たっていつまでも解決なんてしない。思い切ってわたしから聞くしかないような気がする。
もう一度会うようなことがあれば、その時こそ……。
わたしは無事に家に着いたということと、今日のお礼を彼に返信した。
週、半ばの水曜日。
朝から明日の会議に使う資料を30部ずつコピーする。それから、各部署からサインを貰うため忙しなく回っているうちにお昼休憩になった。
近頃は、余計なことを考える時間が無い方がいい。
お弁当を持ってこなかったので、近くのコンビニでサンドイッチと野菜ジュースを買い、自分の席に戻った。
わたしの右手には卵サンド、左手には文庫本。定番の組み合わせだ。
文庫本のページを一枚捲る。
「茅野先輩、どこに行ってたんですか? さっきウルスタのグッズが届いたんですよ」
後ろから箱を抱えた清水さんに声をかけられた。桐原さんも一緒だ。
桐原さんは昨日も会社を休んでいたけれど、体調はもう大丈夫なのだろうか? 今日は彼女たちとは、朝、すれ違いざまに挨拶を交わしただけだった。
「桐原さん、もう体の具合は大丈夫ですか?」
わたしは聞いた。
「大丈夫です~。ご心配かけてすみませんでした~」
桐原さんは語尾を伸ばしながら、か細く可憐な声でそう言った。彼女は見た目からして、本当に病弱な美少女という感じなのだ。
「グッズって何が入っていたんですか?」
柚木さんが送ってきた品物だ。わたしは、一応箱の中身を聞いてみる。
「まだ見てないんですよ。お昼休憩にみんなで見ようと思いまして」
清水さんは嬉しそうに答えた。
「手紙が入ってますね」
30センチ四方の箱を開けた清水さんは、そう言って封筒から取り出した便箋を読み始めた。
「えっと、『この間は弊社にご協力いただき本当にありがとうございました。宜しければ、非売品のグッズは清水様とコンサートに来られなかったご友人にお渡しください。これからも、ウルトラミラクルスーパースターをどうぞよろしくお願いいたします』」
読み終わり、清水さんは便箋をわたしと桐原さんに見せる。柚木さんが書いたのだろうか。手書きの文字はなかなか達筆だ。
ただ、最後の一文はとってつけた選挙の応援演説みたいだと思った。
「友人っていうのは、もしかして私のことですか~? ずいぶん気前がいいですね~。それになんか~こっちの事情、ずいぶん知っているんですね~?」
桐原さんが、のほほんとした口調で言った。
「電話で事務所の人に聞かれて、話しちゃいました。……勝手にごめんなさい」
清水さんが謝る。
そもそも柚木さんは情報を得るために電話をかけるよう仕向けたのだから、色々聞かれて当然だった。
彼は清水さんから一体何を聞きだしたのだろう? なんだか考えただけで恐ろしい。
グッズは、実用的なウルスタのロゴが入ったステーショナリー、タオル、ストラップや全く実用的ではないポスター、写真集など全て二点ずつ入っていた。
早速、二人はポスターを広げて燥いでる。
新卒で入った彼女たちは入社して一年も経っていない。楽しそうな姿が、いまだ学生のように見えてしまっても不思議ではなかった。
それから少し冷静になったのか、
「茅野先輩の分はないってことですよね?」
と唐突に清水さんが言った。
「スカウトを断ったせい……ですかね~?」
桐原さんもそう言い、哀しげな表情でわたしを見た。
急に着信音が響く。
「先輩、スマホ鳴ってますよ」
清水さんがいち早く言った。
わたしはバックからスマホを取り出し、画面を見る。
理央さん……?
目の前では、その理央さんのポスターやグッズを二人が熱心に眺めている。
「どうしたんですか? 出ないんですか?」
清水さんが、ポスターを手にした状態で不思議そうにわたしを見た。
このまま電話に出ないのも不自然だった。
「はい」
わたしは小声で応答する。
「あ、良かった。ふみさん、突然かけてすみません。理央です」
本当に理央さんだった……。
何度も聞いた、柔らかく綺麗な声……。
「お昼の休憩時間なら出てもらえるかなと思って……」
彼は言った。
「……はい」
わたしは小声のまま答える。
「え? ふみさん? 聞こえてますか? 今日電話したのは、今度のお休みにどこか一緒に出かけたいなと思って……。次の土曜って大丈夫ですか?」
「……はい」
早く切りたくて、反射的に相槌を打った。話の内容は分からない。
「良かった!! 行きたいところとか考えておいてくださいね。また、金曜の夜に連絡します」
「……はい」
「……ふみさん? なんか疲れていませんか? お仕事……無理しないでくださいね」
「……はい」
わたしは「はい」しか言えないロボットになったかのようだった。
そして、その最後の「はい」と同時に電話を切る。
土曜? いや、金曜? 何を言われているのか全然分からなかった。彼はなんでまた、このタイミングで電話をかけてきたのだろう……。
「先輩!! 今、桐原さんと相談していたんですけど、ウルスタのグッズ、三人で分けることにしましょう。非売品の貴重な理央様のポスターも二枚しかないけれど、やっぱりここは公平にじゃんけんで……」
清水さんは、深刻な表情でそう言った。桐原さんも頷いている。二人はずっとそのことを話していたらしく、わたしの電話の相手や内容なんて全く気にもかけていなかった。
「……何も要らないので、二人でどうぞ」
わたしはそう言った。理央さんには申し訳ないけれど、この際グッズなんてどうだっていい。
「先輩、ホントにいいんですか!?」
「無理してませんか~?」
二人は驚いている。
「あの……わたしは、お二人みたいなすごいファンというわけではないので」
「……気を遣わせてすみません。感謝します」
清水さんが言った。
「茅野さんは優しいですね。本当にありがとうございます~」
桐原さんも笑顔でそう返す。お礼を言われるようなことなんて何もしていない。
二人ともまるで、全ての女性が理央さんのファンだと信じて疑わないような口ぶり。そっちの方が驚きだった。
そして、柚木さんの裏工作の副産物がこんなにまで喜ばれている。
理央さんは全ての女性の王子様……とまでいかなくても、やっぱりその名の通りウルトラミラクルスーパースター、とてつもなく遠い存在なのだ。気軽に電話で話すなんてあってはならない。
わたしは軽く左右に頭を振った。
お昼休憩は、もう残りわずかだった。乾き気味の中途半端に置いたサンドイッチを、急いで口に放り込む。
再び本を開くも、三行読んだところで無残にも休憩時間は終わりを告げた。




