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「こちらがフォレストウルフの討伐報酬です。また、ゼロさんは1級上位に昇級となります」
呼びに来た職員に案内されたのは先ほど担当した受付嬢のカウンターだ。そこで報酬を受け取る際にゼロは昇級を告げられた。
1級の下位から上位に上がるのは比較的に簡単である。昇給の条件についてはギルドから明確にされているわけではないが、1級の下位から上位への条件は冒険者も周知していた。それは、単独で魔物を3体以上討伐できること。もちろん初めからパーティを組んでいる者や単独では討伐することが難しい者もいるため、その場合はパーティ全員が3体以上討伐した数になればよい。
この条件は簡単に聞こえるが1級下位は本当に駆け出しの冒険者であり、町の外に出ても魔物に遭遇したら逃げた方がいいくらいの者が多い。元々何か鍛錬を積んでいた者については簡単に1級上位に昇級してしまうので、冒険者として1級上位が本当に駆け出しであり、1級下位については冒険者|(仮)くらいの認識となっている。
「ありがとうございます。昇級もわかりました。嬉しいです」
ゼロは報酬を受け取り、ギルドカードを受付嬢に笑顔で渡す。
「ではギルドカードを更新しますので少々お待ちください」
そう言ってまた受付嬢は奥にいる職員と話している。
「昇級なんてすごいわね」
「1級上位はそんなにすごくないよ」
ニーナが目の前で昇級したゼロを褒めると、ゼロはニーナに昇級の条件を話した。
「そうなのね。なら私も1級上位には昇級したいわね」
「旅の必需品を買ったら今日中に依頼を受けてあげるか?」
ニーナの言葉にゼロは依頼を提案する。
「そうね。登録初日に昇級するのは珍しいことじゃないのよね?」
ニーナは昇級したいと考えたが、この町で目立って魔人族であることがバレることになるのは避けたかった。
「元々武器が使える人とか魔法が使える人は登録した日に昇級するから問題ない」
「なら1級上位には上がっておこうかしら」
「わかった。じゃあ昨日の森でフォレストウルフの討伐をするか。遠くからなら問題ないだろ」
「えぇ、そうね」
この後の予定を話していると受付嬢が戻ってくる。
「お待たせしました。こちらが更新されたギルドカードになります」
ゼロは受付嬢から渡されたギルドカードを受け取る。カード自体は特に変わっていないが、右下の記号が『-』だったものが『=』に変わっている。
「ありがとうございます」
「いいえ。それではまたお越しくださいませ」
受付嬢にあいさつをしてその場を離れる。2人はそのまま冒険者ギルドを出る。
「さて、さっさと旅の準備をして討伐に行くか」
ギルドから出て2人はギルドの近くにある雑貨屋のような店に入る。この雑貨屋は冒険者が日帰り、野宿、長期の依頼をするために必要な道具が置いてある。もちろん、解毒薬などの薬についてはこれもギルドの近くに薬屋がある。人族の冒険者の町として有名なため、冒険者に対するサポートが充実している。
2人は雑貨屋に入り、店内を一通り眺めている。そのときに不意にゼロがニーナに話しかける。
「ニーナが必要な物しか買う物はないから遠慮なくいいな」
「ゼロは買わないの?」
「この中にすべて入ってるからな」
そう言って魔法の鞄を軽く叩く。
「中に旅の用意がすべて入ってるの?」
「あぁ、食べ物も入ってるからな。いざ食料の無い場所で野宿をすることになっても1ヶ月は問題ないな」
ゼロはニーナの方を向いて笑う。ゼロの話を聞いてニーナは驚いていた。
「それって時間の流れも止めることができる魔法の鞄だったのね」
「言ってなかったか?」
「言ってないわよ!容量が大きいくらいしか聞いてないわ!」
雑貨屋の中で大きな声を出すニーナに店内にいた他の冒険者や、店の従業員がニーナに視線を向ける。ニーナはその視線に気づいて恥ずかしそうに俯いた。
「まぁ、俺の話はいいからさっさとニーナの物を買おう。とりあえず持っている物は何があるんだ?」
「え、えっと……それが……」
「どうした?」
「私、今身に着けているもの以外には何も持っていないの」
「……旅は全くしてないのか?」
「えぇ、色々あって……」
ニーナはそういうとまた俯いてしまう。それを見てゼロはそのことについて触れることを止める。
「……わかった。ならとりあえずは必要そうな物から揃えていくか」
「ありがとう。旅なんてしたこともないから必要な物については任せるわ」
「まず必要な物はここにはない。行くぞ」
「わかった、よろしくね」
2人は雑貨屋を出て、町を歩いて行く。先ほどの空気がまだ残っており、2人は無言のまま町を歩いて行く。ゼロが目的地を知っているのでゼロが少し前を歩いている。
2人が来たのは魔道具展だ。便利な魔道具は大体ここに売っている。ゼロはそのまま入って行く。ニーナもその後ろに続く。
店内には様々な魔道具が所せましと並べられている。ニーナはそれらの魔道具を興味深そうに眺めている。ゼロは店内の魔道具には目もくれずまっすぐカウンターへ。そこにはいかついおじさんが座っている。
「すみません。魔法の鞄が欲しいんですけど」
「いらっしゃい。魔法の鞄かい?容量に希望とかはあるかい?」
店のおじさんはその見た目に反してとても丁寧にゼロの話を聞いてくれた。ニーナは店内の魔道具を見ていたが、ゼロと店員が話している声を聞いて慌てて2人のところへ向かう。
「ゼロ、魔法の鞄を買うの?もういい物持ってるじゃない」
「ニーナ用のだよ。希望は大きい容量と内部の時間を停止させる物が欲しいかな」
「え?!私にですか?!そんな悪いですよ!」
「時間停止の魔法の鞄?失礼だがお金はあるかい?」
ゼロの言葉にニーナは慌てて拒否し、店員はお金の心配をした。
魔法の鞄は魔道具展の中でも人気の高い商品だ。1番容量が小さいものでも肩掛け鞄に折りたたみのテントを入れることができるくらいには容量がある。そこから容量が変わっていくのと同じく値段もあがっていく。
そして、どんなに小さな鞄でも、中身の時間が経過するのを防ぐ時間停止ができる魔法の鞄はかなりの高額になっている。
そんな高額な魔法の鞄が欲しいと明らかに少年に見える人物に言われれば冗談や冷やかしに聞こえてしまう。
「とりあえず、これを気軽に出せる程度には」
ゼロはニーナの意見を無視して店主に向かって鞄からおもむろに何かを取り出しカウンターへ置く。
「なっ!?」
置かれたものを店主が見た瞬間、驚きの声が上がる。カウンターに置かれたのは世界で1番高額の白金貨だった。それも3枚が並べて置かれている。
「まだ余裕はあるし、本物かどうか確認してもらっても大丈夫ですよ?」
「いや、本物だと思う。ここで扱っている魔法の鞄に白金貨が必要になることもあるからな」
「そうですか。では大きさですが、大きい方がいいのですが戦闘や移動中に邪魔になるものは嫌なので、本体の大きさがある程度あれば大丈夫です」
「分かりました。では見本を持ってきます」
そういって店員は奥へ消えていった。
一方ニーナは、話がとんとん拍子に決まって行くのとゼロが無視したため呆然としていた。