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絶句しているニーナにゼロはさらに説明を続ける。
「さらに言うなら、ノーマンはその4級上位の中でも5級下位にかなり近いところにいるらしいから、小国くらいなら潰せるんじゃないか?」
「ははは、僕なんてまだまだだよ。せいぜいドラゴンを何とか1人で倒せるくらいだね」
ゼロとニーナの会話が聞こえていたようで、ノーマンも2人の後ろから会話に入る。
「はぁ、それでもドラゴンを1人で倒せるのね……」
ノーマンの謙遜しているような言葉の内容でもかなりの実力があるということがわかる。その言葉を聞いてニーナは驚くのに疲れたようにため息交じりに感想を漏らす。
そんな会話が一段落したところで3人は町中に通じる扉の前に到着する。ゼロが扉を開けるとそこはもう壁の中だった。
「これが人族の町なのね」
扉から出てきたニーナは町の様子を見て、感慨深そうに感想を漏らす。
「魔人族の町もこんな感じだと思うけど?」
「かもしれないわね。だけど、私が住んでいた周りには他の種族の町はなかったから」
最後に扉から出てきたノーマンが扉を閉めながらニーナに話しかける。ノーマンの言葉にニーナは振り向きながら答える。
「ならニーナちゃん、だっけ?は魔人族の王都あたりの出身なのかな?」
ノーマンはニーナとゼロの横まで来て、ニーナの言葉に思ったことを口にする。
この世界は大きく3つの大陸がある。人族の国がある大陸、亜人族と妖精族の国がある大陸、魔人族の国がある大陸だ。魔人族の大陸とは魔人族の国のみがある大陸をさしている。ここにも少し前までは他の種族も住んでいたが、現在は魔人族しか住んでいない。それでも少しずつだが、また他の種族もこの大陸に訪れるようになっている。
「えぇ、そのあたりに住んでいたわ」
「っ、申し訳ない……嫌なことを聞いたね」
「大丈夫、気にしないでいいわ」
ノーマンの質問に対して、ニーナは少し悲し気に微笑みながら答える。ノーマンは自分が何の気なしに聞いたことの意味を思い出し、顔を少し歪めた後謝罪をする。それに対してニーナは悲し気な表情は消して、優しくノーマンに微笑んだ。
「ありがとう、じゃあ僕は行くよ、また会えたらその時はよろしくね」
「あぁ、それじゃあな」
「おやすみなさい」
ノーマンは2人に挨拶をして離れていく。ゼロとニーナもそれに答えて挨拶をする。ノーマンは振り返りながら手を振り、そのまま町中へと消えていく。ゼロとニーナもノーマンに手を振り彼を見送った。
そして、ノーマンの姿が見えなくなり2人は手を下ろした。
「さてと、とりあえず宿に行くか。今から冒険者ギルドに行くとノーマンに会いそうだしな」
「依頼について報告はいいの?」
「明日でも問題ない」
「そうなのね」
「あいつも悪気があって言ってたわけじゃないからな?」
不意にゼロはニーナにノーマンのことで話しかける。
「え?」
「冒険者4級以上になるには人格も重視されるようになる。ノーマンは単純に会話を広げようとしただけだ。裏目に出ただけでな」
「…………」
「だから魔人族に嫌味とか悪意があったわけじゃないんだ。初めにニーナの顔を見た時も何も反応してなかっただろ?」
「わかってるわ」
ノーマンの言葉で少し悲し気な表情を浮かべていたニーナに、ゼロは説明をする。冒険者は4級下位から国と接する機会が増えてくる。そのため、粗暴な者や他人を見下す者等、人格に問題有とみなされると3級上位から上にはあがれず、4級上位にいようが、普段の言動が目に余ると判断されれば3級上位まで一気に階級を下げられることもある。
「そうか、じゃあこの話はもう止めて宿に戻るか」
「えぇ、そうしましょう。……って私……」
「わかってる、金は俺が出すから後から返してくれればいい」
「ごめんなさい」
「別に謝る必要はないだろ?」
「そう、ならありがとう、借りるわね」
「それでいい」
ゼロが歩き出して、ニーナもその後に続くように歩き出すが、ニーナはお金を持っていないことに気が付いた。そして、ゼロもそれには気づいていたのですぐに話しかける。ニーナは申し訳なく思い、謝罪するが、ゼロに言われ微笑みながらお礼を言った。ゼロもニーナに笑いかけて再び歩き出す。
2人は横に並んでゼロの泊まっている宿に向かう。
町中にはまだまだ歩いている者が多くいる。そこかしこの酒場から賑やかな声が聞こえてくる。それらの声にニーナは目を向けながらゼロの横を歩く。ゼロはそんなニーナを横目に見ながら宿に向けて歩く。
しばらく町中を歩いていると賑やかな声は段々小さくなっていき、周りの建物は大きくなってきた。
「ゼロ、宿にはまだ着かないの?」
「もう少し先にある、この辺は静かだけど金のあるやつらが建てた屋敷ばかりだから治安はいい」
「そんなところに宿があるの?」
ゼロの言葉を聞いてニーナは疑問を口にする。屋敷を所有するような者たちのいるところに宿など必要ないのではないかと。
「そういうやつ相手に商売する商人とか、護衛依頼を受けた冒険者とか、金はあるけど屋敷を買おうとはしないやつ向けにこの辺にも宿があるのさ」
「え?それって泊まるためにはそれなりにお金がかかるんじゃないの?」
「一泊で金貨1枚だな」
「い、一泊で?!」
ゼロの言った宿の値段はとてつもない金額だった。その値段にニーナは声をあげる。
この世界ではお金には硬貨が使用されている。それぞれの価値は銅貨が100枚で銀貨が1枚、銀貨が100枚で金貨が1枚、金貨が100枚で白金貨が1枚となっている。
ちなみに1食が銀貨1枚でお釣りが出るくらいの価値であり、宿については一泊で銀貨が10枚もあれば十分に泊まれる。
これから向かうゼロの泊まっている宿は通常の宿より10倍の値段で泊まれるようなところだ。
「俺は冒険者になる前に少し手持ちがあってな、それで疲れを癒すためにはある程度設備が充実したところに泊まらないとってことでそこに泊まってる」
「けど、そんなところに泊まるためのお金を借りても返せないわ」
ゼロはニーナに説明しながらも宿に向かって歩く速度は緩めない。ニーナは宿の値段を聞いて足取りが重くなり俯きながら立ち止まる。
「別に返す日はいつでもいい、ニーナも冒険者になれば宿代くらい払えるようになる」
立ち止まったニーナに気づき、ゼロも立ち止まりニーナの方を振り向きながら声をかける。
「でも……」
「他にあてもないだろ?遠慮するな」
ゼロはニーナに近づいていく。その足音を聞いてニーナは顔をあげる。
「町に入るときにすでに金は貸してるだろ?森で会ったのも何かの縁だ。ただのお節介なんだから遠慮しなくていい」
ゼロはそういいながら微笑みニーナの頭に手を乗せてゆっくり撫でる。ニーナとゼロは身長がそんなに変わらず、ゼロの顔は実年齢よりさらに幼い顔立ちだ。逆にニーナはまだ少女らしさは残っているが、それでもある程度の年齢であるとわかる顔立ちだ。そのことを考えたニーナは少しおかしくなり口元が緩む。
「ふふっ、ありがとう。いつになるかわからないけど返せるようになるまでお金は借りるわね」
「あぁ、俺の手持ちについては気にするなよ?まだまだ余裕はあるからな」
そう言ってゼロは笑い、ニーナの頭から手を離して再び宿に向かって歩き出す。歩き出したゼロを見つめて、ニーナはまた微笑んだ。そしてゼロの後を追いかけて歩き出した時、風が吹く。
「なんだか、私より年上みたいね」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでもないわ」
風の音でニーナの呟きはゼロには聞こえなかった。ゼロは歩き始めた足を止めてニーナに問いかける。しかし、ニーナはゼロに微笑みかけゼロの質問には答えなかった。
そして、ゼロとニーナは並んで歩き始め、宿に向かって歩き出した。