新聞記事 Ⅶ
ここは教室とはまた別の、遼太郎が高校生活を過ごしたもう一つの場所だ。放課後になると、遼太郎は毎日ここに来て、大好きなラグビーに夢中になった。
経験のなかった彼が、スタンドオフを任されるようになるまで、一体どれだけの努力をしたのだろう。きっと遼太郎のことだから大変な努力をしたのだと思うが、どんな努力をしたのかは、みのりには想像もできなかった。
そうしている内に、6時になったとマネージャーが知らせると、休憩に入った。選手たちはマネージャーの用意していたスクイズボトルを手にとって、水分を補給する。
みのりは遼太郎がすぐに来てくれると思い込んでいたのだが、13番の方のセンターの選手と話をしていて、なかなか来てくれなかった。
マネージャーはいろいろ忙しく動き回り始め、部外者のみのりはポツンと取り残された。
みのりの疎外感がますます高まってしまった時、
「みのりちゃん、何してんの?」
と、二俣の声が聞こえた。
振り向くと、向こうから仔犬が飼い主のもとへ駆け寄るように、二俣がみのりへと走り寄ってくる。
「うん、この新聞記事、そこの図書館でコピーしてきたから、ついでに狩野くんに渡そうと思って…。」
と言いながら、みのりは内心ちょっとホッとしていた。
二俣はみのりの手にあるファイルに挟まれた新聞のコピーを見て、大声を出す。
「あっ!これ、朝読新聞!?遼ちゃんの写真が載ってるやつ?遼ちゃん、俺が先に見てもいいか?」
と、なかなか話を終えようとしない遼太郎を暗に促した。
声をかけられた遼太郎はようやく区切りをつけ、みのりへと駆け寄ってくる。
「すいません、先生。俺に用事だったんですか?」
「新聞だよ、朝読新聞!」
二俣が横から口を出す。
「えっ!?もう見つけたんですか?」
遼太郎が驚いた顔でみのりを凝視する。
「うん、早く見たいかと思って…。」
「うん!早く見たい!見せて!」
我慢できずに二俣が叫ぶと、他の部員たちも寄ってきて、みのりと遼太郎の周りに人垣ができた。
「はい、どうぞ。」
と、みのりが遼太郎に渡そうとすると、遼太郎は両手を挙げた。
「俺、今手が汚いから、先生が出して見せてください。」
なるほど、本当に両手は泥で汚れていた。みのりが頷いて、ファイルから出して見せる。
「おお―――――っ!!」
と、一同から声が上がった。
「すごいじゃん、遼太郎!」
「2枚あるのか?ああ、こっちは写真だけ大きくしてるんだ。」
「眼光の鋭さまで、バッチリ写ってんじゃんか!」
チームメイトたちは、口々に感想を述べ合う。
さすがにプロが撮っただけあって、眼光の鋭さから躍動する筋肉まで、ラグビーをするときの遼太郎の魅力を、本当に余すところなく写し出された写真だった。
「あ、ありがとうございます。」
照れくさそうな表情をして遼太郎が礼を言うと、みのりはただ微笑んで返した。
「これ、どこに置いておこうか?また、雨が降って濡れてもいけないし。」
と、みのりがコピーをファイルに挟み込みながら訊くと、
「じゃ、俺のバッグに入れてください。」
と、遼太郎は部室の方へと誘った。
遼太郎が部室に入って、自分のバッグを出してくるのを、みのりは入り口で待った。
入口の所に置いてあるパイプ椅子の上に、カンタベリーのスポーツバッグを置いて、遼太郎がそのファスナーを開けると、みのりはその中にファイルを差し入れた。
入れる時の一瞬だったが、ペンケースや配布物に紛れて、自分があげた日本史の用語集があるのを見つけて、みのりの心がほんのりと温かくなる。
「それは?」
みのりの脇に挟まれたもう一つのファイルに、遼太郎は気が付いて訊いた。
「これは、同じもの。私も記念に持っておきたいから。」
少し恥ずかしそうにみのりがそう言うと、遼太郎も同じように恥ずかしそうな顔をした。
休憩時間が終わり、練習が再開されようとしている。
「それじゃ、練習の邪魔してごめんね。」
と、みのりは手を振ってグラウンドの入口の方へと足を向けた。
「邪魔だなんて…、ありがとうございました。」
遼太郎が頭を下げると、みのりは振り返って手を挙げた。
再び前を向いたみのりが、ぬかるんだ地面に足を取られてよろけた。それを見た遼太郎には、一抹の不安がよぎったが、練習が再開されたのでそちらに戻った。




