新聞記事 Ⅲ
「お母さんが言ってたけど、狩野くんって高校に入ってからラグビー三昧だったんだって?」
先ほどの緊張が大分解けてきたみのりが、長机に頬杖をつく。
「えっ!?先生、母さんと何話したんですか?」
かたや遼太郎は、目を剥いて焦りを増した。
「いろいろ聞いちゃったけど、教えない…!」
みのりは、いたずらっぽい含みのある笑顔を、遼太郎に向けた。
思ってもみなかったみのりのこの表情に魅せられて、遼太郎はグッと言葉を詰まらせ、話の内容までも忘れてしまう。
「でも、狩野くんがそこまでラグビーに夢中になるのも、よく解る。ラグビーって、運動能力は勿論だけど精神性も高いと言うか、人を魅了する力があるし、本当に素敵なスポーツだと思うよ。狩野くんがそれを体現して、私に教えてくれたんだよね。」
遼太郎は恐縮した面持ちで、首を振った。
「俺なんかより、上手くてスゴい選手は大勢います。」
「そうかもしれないけど、ルールだけじゃなくいろいろ教えてくれたのも狩野くんだし、狩野くんじゃなかったら、私の心には響かなかったと思うよ。もうすっかり、ラグビーファンだもん、私。」
実際は、遼太郎自身が体験しているラグビーを、すべてみのりに語ったわけではない。
〝紳士のスポーツ〟なんて言われていても、やはり血気盛んな年頃の男ばかりが寄り集まると、練習の時などは罵声や汚い言葉も飛び交う。
そんな場面を女子マネージャーはどう感じているのか、遼太郎は気にしたこともなかったが、みのりには知られたくなかった。
ただ、自分の大事にしているものを、みのりにも好きになってもらえて、遼太郎は心が沸き立つような喜びを感じた。
みのりの笑顔に応えて、素直に喜びを顔に出した。
その時、職員室の入口のところから、1年部の学年主任が声を掛けた。
「おーい、仲松先生。今日は登校指導じゃないかね?」
そう言われて、みのりは跳ね上がった。
「あちゃー、そうだった…。忘れてたー。」
「幟旗と腕章、ここにあるから。早く行って!」
「はい!すみませーん。」
学年主任から急かされて、みのりは遼太郎との挨拶もままならないうちに、駆けていった。
みのりが去った後には、みのりが使っていた変わった色の3色ボールペンと、先ほど返したはずのハンカチが残されていた。
「忘れてるし…。」
遼太郎はため息をつくと微笑んで、ハンカチとボールペンを自分のポケットに仕舞った。
三回目、最後の全県模試も無事に終わり、いつもドキドキする採点もようやく終わった。
毎日課題が功を奏しているのか、はたまた直前の演習がよかったのか、3年1組の成績は思いのほか良いもので、みのりも少し驚いた。6月の1回目の全県模試の時には、反省会でどう釈明しようかと頭を悩ませていたのがウソのようだ。
担任の澄子曰く、
「進路が決まった子も多いけど、逆にちゃんと勉強しなきゃと思い始めた子もいるみたいよ。普通なら進路が決まると、遊び呆けて勉強しなくなるのにね。」
とのことだった。
「それで、狩野くんはどうだった?」
3年部の澄子の机の横にみのりが立つと、興味深そうに澄子が訊いてくる。
「狩野くん?ああ、92点だった。私文ではダントツよ。彼のお陰で、平均点の底上げがなされてるとは思うけど…。」
それでも、他の子も頑張ってるのも事実だ。
「さすが、狩野くん!みのりさんが手取り足取り教えてるだけあるわね。」
「手取り…!?」
勿論、比喩だとは思うが、みのりは澄子が言ったことにどぎまぎしながら、
「毎週試合もあるのに、それでも個別指導は続けたいって言うんだから、頑張り屋さんよね。」
と、さも感心してるように、遼太郎を褒めた。
「頑張り屋さんって言うより……」
澄子はそう言いかけて、みのりの顔を見る。
――みのりさんのこと、好きだからじゃないの?
そう思ったが、口には出さなかった。
澄子の含みのある表情が気になったみのりは、「ん?」と見返す。
「…うん、彼はまだ部活もしてるのに、そうやって入試に関係ない勉強も頑張ってるから、他の生徒も触発されてるのかもね。」
澄子のその言葉に、みのりは安心したかのように、嬉しそうに微笑んだ。




