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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
15 新聞記事
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新聞記事 Ⅱ



 この日の遼太郎も、とても早く問題を解き終えた。

 知識もさることながら、問題を的確に判断する読解力も身に付いたみたいだ。みのりがあまり解説する余地もないので、個別指導は随分早く終わってしまった。



 さて、後の時間はどうしよう…と、みのりが思っていた時、



「そうだ……。」



と、遼太郎が何かを思い出した。



 ポケットに手を突っ込み、差し出された手のひらには、みのりのハンカチが載っていた。



「これ、ありがとうございました。」



 思いもよらない物が出てきて、みのりは目を丸くする。



「狩野くんが預かってくれてたの?」


「試合の帰り際、メディカルの先生が渡してくれて…。」



 遼太郎が笑みを帯びた顔をする。その顔と、受け取ったハンカチを、みのりは交互に見て言った。



「これ、お母さんがしてくれたの?」


「何をですか?」


「洗濯とアイロンがけ。」



 それを指摘されて、遼太郎の顔は、ほのかに赤くなった。



「…いや、俺がしました…。母さんに頼むと、いろいろ厄介なんで。」



 女物のハンカチだから、詮索されてしまうということだろうか…。



 遼太郎がアイロンをかけているところを想像して、みのりは今にも笑いだしそうな顔になった。



「そう、ありがとう。」



 みのりが礼を言うと、遼太郎は首を横に振った。



「俺の血で汚したんですから……。」



 あの時、みのりは自分の口に指を入れて、血にまみれたマウスガードを取り出してくれた。あんなことまでしてくれたことを、改めて遼太郎は思い出した。


 あの時のことを口に出して言うと、いつもの自分でいられなくなる不安はあったが、言わずにはいられなかった。



「先生、あの時は本当にありがとうございました。先生がいなかったら、あの試合は勝ててなかったかもしれません。」



 遼太郎はみのりの方へきちんと向き、丁寧に頭を下げた。


 改まった態度をとられて、みのりは戸惑った。



「私がいなかったら…なんて、大袈裟ね。私が処置しなくても、直に血は止まったでしょうし、勝ったのだって、狩野くんたちの実力よ。」



 みのりからそう言われても、遼太郎は首を横に振る。



「いや、あの場では、俺が一秒でも早く試合に戻る必要があったし、…それに、焦った気持ちのままピッチに立ってたら、あの最後のトライはできてなかったと思います…。」



 話題が、みのりが変に意識していた核心に触れようとしたので、みのりは息を呑んでピクリと体を硬くした。



「先生に気持ちを落ち着けてもらってなかったら……。」



 遼太郎はあの時の抱擁を思い出し、言葉を詰まらせた。


 みのりに抱かれた感覚が、体中を駆け巡る。

 太腿の上に載せた両手をぎゅっと握りしめて、感情の荒波が顕れないように歯を食いしばった。



 言葉を詰まらせた代りに、みのりを見つめる遼太郎の視線が、言葉以上にその感情を物語った。


 苦悩がにじんだようなその深い眼差しに、みのりは吸い込まれそうになり、全身に震えが走った。肌が粟立ち動悸がして、息が浅くなる。


 これ以上、遼太郎を見つめ返すとどうにかなってしまいそうだけれど、みのりの瞳は囚われて動かせなかった。



 …同じような眼差しで、かつて石原がみのりを見つめてくれた。だけど、遼太郎のこの眼差しは、石原のものよりももっと深く繊細なものだった。




 お互いの想いを含んだ沈黙が漂った後、ようやく気を取り直すように、みのりが口を開いた。



「……最後のトライの前に、狩野くんは2回パスを出したけど、ああいうのもサインを決めてやってるの?」



 遼太郎も虚を衝かれたように、眼差しの色に現実味が帯びた。恥ずかしそうに、口許をほころばせる。



「試合で、あんなに上手くいくことって、あんまりないんですけど…。あれは、ダブルクロスの後、ふっくんとはクロスのサインプレーです。…先生、よく覚えてますね。」



 みのりは嬉しそうに、フッと笑う。



「あれは特別。胸が空くようなプレーだったから。思い出すだけで、ドキドキしちゃう。」



と言って、みのりは目を閉じたものの、本当はさっきの遼太郎の眼差しのせいで、まだ胸の鼓動が乱れていた。



 遼太郎はみのりのその仕草を見て、何かに堪えるように唇を噛んだ。



「あのサインプレーの司令を出すのが、狩野くんなのね?だから、早く試合に戻らないといけなかったのよね。」



「司令って…まあ、そうです。ふっくんとのクロスは、ふっくんが言い出したんですけど…。」



 遼太郎は照れ臭そうに、肩をすくめた。




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