ざわめく心 Ⅲ
ところが、みのりの視線はずっと遼太郎を追っていて、周りから歓声が上がって初めてトライに気が付いた。皆より少し遅れて拍手を送る。
今までのみのりならば、「二俣くん、すごい!」で終わっていたところだけれど、ラグビーのことをちょっと知っただけで、それぞれのポジションの選手たちが自分の役割をしっかり果たしたからこそのトライだと、今では分かる。
特に、遼太郎の役割はチームにとって重要なものだ。
みのりには自信のないようなことを言っていたのに、みのりの助言が効いているのか、そんな迷いは感じられない。仲間を上手に活かして、ゲームを有利にけん引している。
――『一人はみんなのために、みんなは一人のために』…って、よくラグビーを表している言葉だなぁ……。
と、今更ながらにみのりは感心した。
遼太郎もきっとラグビーのこういうところが好きになり、夢中になったのだと思った。
遼太郎が好きなものは、何でも知りたいし、好きになって共有したい……。
みのりは無意識のうちに、そう思うようになっていた。
その後、不意を突かれて、相手チームに一つトライを許してしまい、その後のコンバージョンゴールも決められ、7点ほど失点したが、芳野高校はとりあえず初戦突破を果たした。
勝ったにも関わらず、みのりの心には何か落ち着かないものが残っていた。嬉しいはずなのに、心がざわめいて素直に喜べなかった。
遼太郎の一挙手一投足が気になって、正直ゲームを楽しむどころではなく、一喜一憂するのに疲れてしまっていた。
いや、詳しくルールが解って初めての試合だったので、ゲームの前半は楽しんでいた。落ち着かなくなったのは、ノックオン後のスクラムを見つめる遼太郎の表情を見てからだ。
みのりのまぶたの裏にはあの顔がちらついて、気がつくと何度もあのスクラムの光景を思い浮かべていた。
しばらく待てば次の試合が始まるらしいので、このあと特に用事もないみのりは、そちらも観戦して帰ることにした。ラグビー部も、こちらは研究のために、次の試合を観戦する。
初戦を無事に勝つことが出来たラグビー部員たちは、少しホッとした感じと、まだまだこれからだという緊張感の漂う感じだったが、一様にいい表情をしている。
少し離れたところから、みのりは遼太郎の様子を窺った。泥だらけのユニフォームからTシャツに着替えた遼太郎は、朗らかだけれども物静かな感じの、いつもの遼太郎に戻っていた。
遼太郎のその顔を見て、みのりの心は少し落ち着きを取り戻したが、ざわめきを完全には払拭できなかった。
遼太郎は仲間たちの間に座って、遠く離れたところに座るみのりが、まだ帰っていないことをしっかり確認していた。
みのりを視界の端で捉えるだけで、遼太郎の心は落ち着き、体中に力が充填されてくる。特に試合の後半、しんどくなってきたときには、そうやって何度も自分を奮い立たせた。
次の試合が始まってもみのりが観戦しているので、遼太郎はその隣へ行って、一緒に試合を観ながらラグビーの解説や話をしたくてしょうがなかった。
みのりは、きっといつものように、楽しみながらそれでいてとても真面目に、遼太郎の話に耳を傾けてくれるに違いない。
でも、今はチームで動いているときだから、単独行動は許されない。遼太郎は気持ちを切り替えて、他校の分析と自分のチームの研究のために、真剣に観戦することに努めた。
他校の試合観戦も終えて、帰りのバスに乗り込むとき、目ざとい二俣は駐車場を歩くみのりに、いち早く気が付いた。
「みのりちゃーん。」
大声で二俣が叫ぶと、隣にいた遼太郎もビクリと反応する。
呼び止められたみのりは、バスの方へと足を向けた。すでにバスに乗り込んでいる1年生の佐藤と荘野も、バスからみのりを見下ろしている。
「みのりちゃん、見てた?勝ったよ!」
大きな体でも無邪気な二俣は、今日の勝利を誇らしげに報告した。
「うん、見てたよ。よかったね。」
みのりは笑顔を作って頷いた。
その笑顔が不自然なことに、遼太郎はすぐに気が付いた。
ルールを詳しく知って初めての試合だったし、何と言っても勝ち試合だったから、みのりはきっとゲームを楽しんだと思っていたのに……。
「応援、ありがとうございます。」
遼太郎も二俣の脇に立ち、ペコリと頭を下げた。みのりはただ微笑んだ顔を向けてくれたが、落ち着かなげにすぐに他へと目を移した。
みのりのこの反応で、遼太郎の心配事ははっきりとした。
――先生、体調でも悪いのか……?
でも、体調が悪かったら、次の試合まで観戦はしないだろう。だったら、何が原因で、みのりをいつものみのりらしからぬ状態にしているのか……?
遼太郎は口に出してみのりにその原因を訊きたかったが、状況がそれを許さなかった。
「仲松さん、いつも応援ありがとう。遠いのに、よく来てくれたね。」
顧問の江口が声をかけると、みのりは振り返り、いつもの様子に戻って江口と二言三言言葉を交わしていた。
みのりを江口に持っていかれて、しょうがなく遼太郎はバスに乗り込んだ。
江口がバスに上がってきて座席に着くと、運転手をしている保護者の一人は、バスのエンジンをかけて出発する。
遼太郎が窓からみのりを見下ろすと、みのりは遼太郎に気づいて手を振って微笑んだ。
いつもならば、みのりに微笑みかけられると、背筋に震えが走るような喜びを感じられるのに、先ほどのみのりの態度が気になって、遼太郎には言いようのない不安が襲ってくる。
遼太郎は微笑みを返せず、バスが角を曲がってみのりが見えなくなるまで、首をひねって窓越しにみのりを見つめ続けていた。




