ざわめく心 Ⅱ
試合そのものは、やはり心配することもなく、芳野高校のペースで進んでいった。
身体の大きな二俣は、相手のチームから次々とタックルの応酬を受けてもものともせず、20mほどを独走し、クロスバーの真下で転がることのないトライを決めた。
遼太郎を基点にするパスが、センターに渡りウイングに渡り、相手を欺いて、クロスして走ってきた遼太郎にまた渡る。胸の空くようなその見事な連携に、どのくらい練習を重ねたのだろうと、みのりは思った。
やはりルールが解っていると、格段にゲームが面白くなってくる。
以前はバックスがボールをつなぐときにしかゲームの流れが分からず、ボールが見えなくなるラック(※)や特にモール(※)の時には興奮も消沈していた。
でもそれも、遼太郎曰く『フォワードがバックスにボールを供給しようと必死に頑張っている…』という説明で、見る目が変わった。
ポジションの役割が解り、誰がどういう時にどういう動きをするのかが分かっていると、些細なゲームの展開も見逃せなくなった。
何でもっと早くにルールを勉強しなかったのだろうと悔やまれたが、やはり独学でここまでは理解できなかっただろうし、実際にプレーをしている遼太郎の目を通しての解説は臨場感があり、観戦をいっそう面白くした。
前半は芳野高校の得点のみ、相手チームを無得点に抑え、後半に入った。
ちょうど観客席のみのりのいる前辺りで、相手チームの選手が、ボールを巧くキャッチ出来ず、前に落としてしまった。
「あっ!ノックオンだ!ノックオン!」
芳野高校側の応援客から声が上がる。すぐさま、その場でスクラムが組まれることになる。
フォワード陣が集まってレフリーの指示により順に肩を組んでいく間、バックス陣は、オフサイドラインに沿って配置に着く。
スクラムにボールが入れられる前の一瞬、スクラムから少し離れた場所に立つ遼太郎が、みのりにチラリと視線をよこした。
一瞬なのにパチッと目が合ったということは、みのりがずっと遼太郎を目で追っていたということだった。
目が合ったその時、遼太郎はマウスガードを見せて、ニヤリと笑った。
――ノックオンを〝ノーコン〟と間違えてたことを思いだしたんだ……!
あの時、遼太郎に大笑いされたことを思い出して、みのりに恥ずかしさが込み上げてきた。
だが、すぐに遼太郎はみのりから視線を移し……、その瞬間、遼太郎は戦う男の顔つきになった。
両チームのフォワードがぶつかり合い、低い唸り声が上がった。
スクラムを見つめる遼太郎の鋭い目つきに、みのりは視線も心も持って行かれる。
普段みのりに向けられる優しく朗らかで、たまにはにかむ表情とのあまりの違いに、思わず体が強張った。鳩尾に違和感を感じ、両手を握ってそこを押え、息をするのも忘れた。
これから遼太郎がどう動くのか、みのりは見守るというより目が離せなかった。
遼太郎は、スクラムのすぐ近くにいる9番スクラムハーフの選手に視線を投げかけ、他のバックス陣にも合図の一声をかけ、スクラムからボールが出されるのを待っている。
敵陣のゴールラインまで、あと15mといったところだから、スクラムで順当にボールを獲得できれば芳野高校が追加点を挙げるチャンスだ。
これからどう展開されるのか、遼太郎はどんな戦略を考えているのか。遼太郎がスタンドオフでなかったら、スタンドオフがどんな仕事をするポジションか知らなかったら、みのりはこんなにドキドキすることもなかっただろう。
ボールはすぐに、芳野高校側の後方へ出される。
――うん、衛藤くん!よくやった!!
みのりは、思わず心の中で叫んでいた。
出されたボールを、スクラムハーフがさっと抱え、ここはとりあえず遼太郎に素早くパスを回す。相手側のスタンドオフが遼太郎の動きを止めようと向かってくる。
遼太郎はそれを避けるように走り、二人がかりでタックルに来られたところを、倒される前に左センターへつなぐと見せかけて、カットインしてきた2年生のウイングにパスした。
激しく地面に打ち付けられても、遼太郎はタックルしてきた相手選手を払い除けるようにすぐに起き上がり、ラインに参加するために走る。
だが、ウイングもディフェンスにつかまった。倒れはしなかったが、ものすごい勢いで押し返される。
「ダンボー!ラックにしろ!!」
遼太郎の声とは思えないような大きな声が通って、敢えて倒れてボールを着地させ、モールではなく敢えてラックを選んだ。
――なんで、ラックにするの?「ダンボー」って何?
また、みのりには遼太郎に訊かねばならないことが出てくる。
「オーバー!!しっかり押し切れー!!」
遼太郎はラックには入らず、ラインを作って指示を出す。
ウイングをフォローしていたフルバックが、いち早くラックに入る。フランカーもやって来てあっという間に押し切り、芳野のスクラムハーフから再び遼太郎へとパス、遼太郎を基点として再びパスがつなげられる。
相手のディフェンスも追いつけないほどの速いパス回しで、最後は二俣にパスがつながった。多少のことには当たり負けしない二俣は、そのままゴールラインを越えトライを決めた。
(※ モールもラックも、ボールの周りに両チームの選手が集まり、立ったまま体を密着させてボールを奪い合うプレーだが、ボールが空中にある(選手の手にある)状態がモールで、ボールが地面上にある状態がラックになる)




