ラグビーの勉強 Ⅳ
邪魔しては悪いとは思ったが、遼太郎も部活を抜けてきているので、ずっと待ってはいられない。
みのりの背後から、黙って軽く肩をたたいた。ビクッと驚いたのが、遼太郎の手に伝わってくる。
「ああ!狩野くん。」
みのりが振り向くと、個別指導を受けていた男子も振り向いた。
「すみません、先生。大会のトーナメント表、持って来たんですけど。」
遼太郎は男子の方には見向きもせず、みのりだけを捉えて言った。
「ああ、そう。ありがとう。」
みのりはそう言い、再び男子生徒の方へ向き直って、
「…工藤くん。ちょっと先の問題やっててくれる?すぐ戻ってくるから。」
と、声をかけて立ち上がった。そして、遼太郎に改めて向き直る。
「それで、トーナメント表は?」
遼太郎は、自分の手元にそれがないことに気が付いた。
「ああ!ふっくんが持ってます。先生の机のところで待ってます。」
二人は足早に、みのりの席まで戻ってきた。
すると、二俣がみのりの席に座り、カフェラテを手にしている。
「あっ!二俣くん!何してるの?」
みのりが声をかけると、二俣はにんまりと笑い、
「先生、ご馳走様でした!」
カフェラテを掲げてそう言った。
にこやかにみのりは遼太郎を見て言ったが、遼太郎は表情を硬くして、かすかに頷いただけだった。
その様子がちょっと引っかかって、みのりは遼太郎の様子を窺うように、ジッと目を止める。
「おう!頑張るぜ!!さっ、遼ちゃん。練習に戻ろうぜ!」
二俣がそう言ったのに応えもせず、遼太郎はみのりに会釈して、さっさと二俣よりも先に職員室を出ていった。
みのりは、いつもの様子とは違う遼太郎に軽い違和感を持ったが、首をひねるだけで別段気にも留めず、すぐに工藤のもとに戻っていった。
「ちょっと、遼ちゃん!どうしたんだよ。俺、何か気に障ることしたか?」
いつもは腹を立てることなどほとんどない遼太郎なのに、今日の遼太郎の態度はあからさまに怒っているものだ。
裏表のない性格の二俣は、黙って様子を窺うことなどせず、練習場の第2グラウンドへ行く途中、遼太郎の怒りの原因をダイレクトに本人に訊いた。
「沙希ちゃんに、言うぞ!」
遼太郎は口をとがらせて、短く鋭い言葉を吐いた。
「え……沙希に?何を?」
ますます訳の分からない二俣が遼太郎を覗き込むと、遼太郎は怒りの気炎を吐く。
「仲松先生と、……間接キスしたって……!」
「はあ!?なに?…間接キス?……ああ!さっきのカフェラテかぁ?」
二俣は、『そんなことでフツー怒るか?』と、あきれている思いを顔に書いたが、次第に別のことに気が付いたような表情になった。
「……遼ちゃん。遼ちゃんの好きな人って…、みのりちゃんか?」
核心を衝かれた遼太郎は、感情を隠せず、真っ赤になって二俣を見返した。
遼太郎が何も言わなくても、その表情が全てを物語っていた。
二俣はしばらく親友の顔を見つめていたが、足元に目を移して腰に手を当てて、息を吐いて頷いた。
「遼ちゃんがそう思う気持ち、よく解るよ。みのりちゃん、可愛くて、綺麗だし。おまけに優しいもんなぁ…。」
それはまるで、二俣もみのりに恋をしているかのような言い方だった。
もしかしてそうなのかも…と、不安になった遼太郎が二俣を見返すと、二俣は暖かい目をして微笑んだ。
「頑張れよ、遼ちゃん。応援してっから!」
二俣はそう言って遼太郎の肩をたたくと、先に走って練習の輪の中へ入って行った。
「頑張れって言われても…。」
遼太郎は腰に手を当て、二俣を目で追い呟いた。
相手が教師のみのりの場合、どう頑張ったら二俣と沙希のように両想いになれるのか……。ましてや、恋愛の経験が皆無の遼太郎には、皆目見当もつかなかった。




