絶世の美女 Ⅵ
「先生、でも、ちょっともったいないね。この前の式典の時の先生、髪の毛アップにしててすごくきれいだったから。」
平野がそういうと、「あー…」と、みんな一様に同意のため息を漏らした。
「まあ、そうかもしれないけど。毎日あんなヘアースタイルできないもの。あの髪と化粧するのに、朝5時起きして準備したんだから。」
「えー、5時起き!」
「気合入ってる!」
と、いろいろと声が上がった。
ざわめきが一通り収まったとき、遼太郎は不意に、あの日のみのりとの会話を思い出す。そして、無意識にプッと吹き出してしまった瞬間、教室中の視線が遼太郎に集まった。
「狩野くん、どうしたの?」
「遼太郎、何だよ。何がおかしかったんだ?」
口々に周りの生徒たちが、遼太郎に問いただす。遼太郎は手を振って、何でもないことを示していたが、合点のいかない二俣が、業を煮やした。
「遼ちゃん、何だよ。教えてくれよ!」
親友である二俣にそう言われて、遼太郎はみのりを見た。
「先生、言ってもいいですか?」
遼太郎が何のことを言っているのか分からないみのりは、首をかしげて、
「何?私も知りたいわ。」
と、頷いた。
遼太郎は改まって、居住まいを整えて口を開く。
「そういえば式典の日の先生、綺麗になるために峰不二子をお手本にしたって言ってたなぁ…って、思い出したんです。」
思い出しながら、また可笑しさがこみ上げてくる。
「何?峰…?」
「峰不二子って言った?」
「ルパン3世の?」
「……!」
一瞬の沈黙の後、どわっ!と教室中が沸いた。
「いやー、先生。面白すぎ!」
「ガッキーじゃなくて、不二子ちゃんだったかー。」
「先生―、これから、俺。『ふぅーじこちゃーん』って、呼ぶことにするわ。」
「先生、先生!不二子みたいに『ルパーン』って、言ってみて!」
皆お腹を抱えて、笑い転げている。
大騒動の中、面食らったみのりは、遼太郎と目を合わせた。
遼太郎が謝るように肩をすくめたので、みのりは教卓に肘をついて息を抜くように笑った。
その時、隣の教室で授業をしているはずの古庄が、教室の後ろのドアを開けた。しかし、その周囲の者しかそれに気が付かず、依然生徒たちは騒いでいる。
「あっ!仲松先生。いたんだ。」
教壇の上にいるみのりを見て、古庄が言うと、生徒たちはいっせいに古庄を見た。
「あ、すみません。うるさかったです?」
教卓の前からみのりが声をかける。
「いえ、あんまりにぎやかだったから、先生がいないのかと思って。」
「ごめんなさい。授業の邪魔をしました。さあ、みなさん静かにしましょう。」
「いえ、楽しそうでいいですね。」
古庄は爽やかすぎる完璧な笑顔を残して、ドアを閉めた。
みのりは古庄をいなくなったのを確認して、教卓に片肘をついたまま片手を振って、
「ごめんね、ルパーン。」
と、妖艶そうな作り笑いをして言ったので、再び教室中は大爆笑の渦となった。
廊下にいた古庄が、びっくりして教室を振りかえる。
遼太郎は、みのりのユーモアを面白いと思い、そんなみのりの楽しさも好きなところだったが、みのりに馴れ馴れしい(…と遼太郎が勝手に思っている)古庄の存在自体が少し引っかかっていて、みんなのように無邪気に笑えなかった。
遼太郎の心の中とは裏腹に、みのりはこうやって3年1組で授業をするときが、一番心が休まる時となっていた。
日々の仕事に忙殺されているときでも、ちょっと落ち込むようなことがあったときでも、このクラスの無邪気で屈託がなく、それでいて1年生のように幼くない生徒たちには心から打ち解けられ、心が重くなることも忘れられた。
現に今も、みのりの心を暗く蝕んでいる哀しい出来事も、洗い流されていくようだ――。




