絶世の美女 Ⅲ
現役の大臣だろうが何だろうが、退屈には違いない講演が終わり、会場の片付けの後、生徒たちは放課となった。
――何か、仲松先生に用事はないかな……?
終礼が終わり、遼太郎がそんな思いを巡らしていた時、担任の澄子から呼び止められる。騒がしい教室ではなく、人気のまばらな廊下のところまできて、澄子が遼太郎に向き直った。
「狩野くん。おめでとう。法南大学の指定校推薦、狩野くんが選定されたよ。」
遼太郎は沈黙したまま、目を見開いた。そしてようやく、
「……本当ですか?」
と、確認した。澄子は小さく笑いを漏らす。
「本当よ。渡す書類があるから、進路指導室まで来てくれる?何なら、進路指導主任の先生にも訊いてみたら?」
進路指導室に行き、入試要項や願書等を受けとると、ようやく遼太郎にも選定された実感が湧いてきた。
進路指導主任曰く、やはり最後の考査が決め手になったようだ。
「みのりさん……仲松先生に感謝しなきゃね。」
澄子がそう言ったので、遼太郎は「はい」と頷いた。澄子に言われるまでもなく、遼太郎はみのりに感謝していた。
……感謝だけでは足りずに、恋までしてしまった。
「仲松さんと言えば、今日の仲松さんには驚いたなぁ~。あんなに美人だったかな~。まるで高級クラブのホステスみたいだったね~。」
進路指導主任の下世話な例えに、遼太郎は表情を硬くし、澄子は苦笑いをした。
進路指導室を出た途端に、遼太郎が険しい顔つきで口を開く。
「あんな例え、セクハラじゃないんですか?」
遼太郎の憤然とした様子に、澄子は諦めたように答える。
「さあ?セクハラかも知れないけど、みのりさんももう慣れっこだと思うわよ。高校は男の先生の方が多いから…。みのりさんは私と違って綺麗だから、よくちょっかい出されるだろうし。」
「…ち、ちょ、ちょっかいって、ど、どういうことですか?」
遼太郎があからさまに動揺した口調で訊いてきたので、澄子はしゃべりすぎてしまったとばかりに、口をつぐんだ。
遼太郎は、みのりが男性教師に何かいやらしいことをされているのではないかと、気が気ではなくなった。
「大丈夫、みのりさんだって子どもじゃないんだから、巧くかわしてるわよ。…それより、みのりさんに報告してきたら?随分気を揉んでたみたいだったから。」
「仲松先生が…?」
「口に出してはなかったけどね。」
澄子は目をくるっと回して、肩をすくめた。
ちょうどその時、職員室へ上がる階段を、息を呑むほどのみのりが駆け下りてきた。みのりは遼太郎と澄子がいることに気がついて、目は合わせたが口は開かなかった。
「先生…!」
すれ違う時に遼太郎が声をかけると、みのりは通り過ぎて階段の下で足を止めた。
「ちょっと、ごめん。大臣が帰るから見送れって言われてるの。すぐ戻るから狩野くん、話なら職員室で待ってて!」
と、言い残して走り去った。
職員室入り口の廊下の窓から、学校の玄関が見下ろせる。その玄関には、黒塗りの高級車が横付けされていた。
大臣と向かい合って、校長と教頭、事務長、井上先生、そして何故かみのりが挨拶をしている。大臣は、みのりの手だけ取って、肩を叩いた。
遼太郎の口がとがり、眉間に皺が寄る。
そして、大臣は車に乗り込むと、車は滑るように校門を出ていった。
間もなく、みのりが職員室への階段を上がってきた。遼太郎を見つけて、息を弾ませながら笑顔をくれる。
急に、遼太郎の鼓動が激しくなり始めた。今日のみのりを間近で見ても、心臓はもつだろうか…。
「ごめんね。講演後のお茶だしで私の仕事は終わりかと思ってたんだけど、急に見送れって言われて…。」
それを聞いて、大臣がみのりを呼ぶように言ったに違いない…と、遼太郎は勘ぐった。
「狩野くん、今日から冬服だ。カッコいいね。」
今日は完璧なみのりから逆にこう言われて、遼太郎は面食らった。そして、一瞬後には顔に血が上った。
みのりに「カッコいい」と言われたのは、これが初めてではないだろうか?
「先生の方こそ…。」
遼太郎は辛うじて言葉を絞り出した。
「私もカッコいい?」
みのりがそう言って微笑んだので、遼太郎は反射的に首を振った。
「いえ、先生はそうじゃなくて……。」
「そうじゃなくて?」
「先生はすごく綺麗です。」
ずっと心に思っていたことを告白できたにも関わらず、遼太郎はその美しさに気が遠くなりそうだった。




