絶世の美女 Ⅱ
みのりがステージ上に姿を見せたのは、ほんの短い時間だったので、他のみんなは気に止めていなかったようだが、遼太郎はその姿に魅せされて意識が遠くなり、合唱部の歌は全く耳に入ってこなかった。
レセプションが終わり、記念式典の本番となった。学校長や来賓の祝辞を述べているのも、遼太郎の中ではいつの間にか過ぎてしまっていた。
頭の中には、先ほどのみのりの姿がずっとちらついていた。
再び合唱部がステージ上に出てきて、全校生徒と同窓生による校歌の斉唱のために起立した時も、どこかにみのりの姿がないか、キョロキョロと視線を走らせた。
式典が終わって15分間の休憩が入り、次はいよいよ、現役の大臣による講演が行われる。
放送部顧問の先生が、マイクの点検をし、演説台の横に移動式のホワイトボードを設置した。
それが終わると、ステージの端から水差しとグラスをお盆に載せたみのりが出てきた。一人でステージに出てきて、中央にある演説台に置くのだから、いやがおうでも皆の目に入ってくる。
遼太郎の周囲でもざわめきが起こった。
「あの人、誰?」
「え、誰だろ?」
「誰か、卒業生が手伝ってるのかな?」
「え、先生じゃないの?」
「あそこまで美人の先生、この学校にいる?」
今日のみのりは別に変装をしているわけではないのだろうが、ステージ上の美女がみのりだとは、誰も分からなかった。
遼太郎にもそれは信じられないほどの光景だったが、みのりというのは何故だか判った。たとえ、みのりの爪の先を見ただけでも、それがみのりであると見抜く自信があった。
ステージ上の美女は、演説台に水差しとグラスを置いた。
美女がお盆を脇に抱えてステージの裾へ下がろうとした時、体育館前方の端に座る3年1組の方を見える。美女の視線の先に誰か知っている生徒を見つけたのだろうか、にっこりと笑顔を作って向けた。
遼太郎はその笑顔を見た途端、身体中に電流が走った。息ができなくなり、手がわなわなと震えたが、もうその笑顔から視線を離せなかった。
遼太郎の周りの男子も、一様に固まってしまっている。
その時、生徒に気を取られていた美女の手から、お盆が滑り落ちた。お盆はステージ上をくるくると転がり、しまいには飾られている花の植木鉢をすり抜け、ステージから落ちて大きな音を立てた。
美女の笑顔が、青ざめたものに一変する。
速足でステージ脇に下がり、すぐさま前のドアから出てくると、3年1組の面々の前を通って、あたふたとお盆を回収して戻っていった。
「…あれ、仲松先生じゃない?」
宇佐美がヒソヒソと、口を開く。
「そうよ…!あのドンくささ、間違いないわ…。」
平野も宇佐美の見解に、同意した。
「えっ!あれ、みのりちゃん!?嘘だろ!?信じられん。綺麗すぎだろ…。」
二俣も目を白黒させて、動揺したような口調で言った。
遼太郎は、もともとみのりのことを、とても綺麗だと思っていた。
それは、自分の気持ちを自覚する前からで、四月に出会ってから間もなく、そう思うようになった。
それからいつも、みのりばかり目で追うようになり、みのりが視線を投げ掛けてくれた時には、必然的に目が合うことが多くなった。
個別指導をしてくれるようになっても、いつも視界の端にみのりを捉えていなければ落ち着かなくなった。
そうやって、いつもみのりを見つめていた遼太郎でさえも、今日のみのりは際立っていた。
想像を絶するみのりの美しさは、却ってみのりを遠くに感じさせ、遼太郎を不安にさせた。自分などは到底釣り合いのとれない存在のように感じられた。
早く話をして、いつものみのりと変わりないことを確かめたかった。




