女同士の話 Ⅵ
食事が終わって、紅茶を淹れながら、みのりは二人に話を振った。
「何か、生徒の中での話題で、面白い話はないの?」
「面白い話?」
二人はみのりを見て、それから顔を見合わせる。
「面白い話なら、学校の裏サイトとか見てみたら?いろいろ書いてあるよ。」
裏サイトと聞いて、みのりは苦い顔をして首を横に振った。そういうものがあるという存在は知っていたけど、見てみたことはない。
「いや、あれは。悪口とか書いてあるんでしょ?自分のこと『口うるさいオバサン』なんて 書かれてたら嫌だから、見たくない。」
「まあ、確かに悪口はたくさん書いてあるかも…。でも、先生のことは書かれてないよ。それに、先生は純粋そうで、いい子ちゃんだから、あんなの見たら卒倒しちゃうかもね。」
――純粋そうで、いい子ちゃん……!?
自分がそんなふうに、生徒たちから見られているとは意外だった。生徒たちは、裏サイトに書かれている内容が自分たちには耐えられても、みのりには耐えられないと思っている。
実際、見てみたいとも思わなかったが、そんなサイトの存在がみのりに心に影を落とした。
「そんな裏サイトのことじゃなくて……、そうねえ。君たちの恋バナなんか、どう?」
と、みのりは話の方向を変える。
「えっ!?私たちの恋バナ?」
二人は、一瞬黙り込んだ。
「ないない!全然ない!見てて分かるでしょ?先生!」
「だーって、全然いい男いないんだもんー!!」
いきなり激しい反応を見せた宇佐美と平野に、みのりは目を丸くする。
ちょっとは照れ隠しもあるのかもしれないが、この大袈裟すぎる反応は、何だかちょっとオバサンくさくもある。
「いい男いないかなぁー?結構身近にいそうだと思うけど……。」
――狩野くんなんて、いい男じゃないの……。
と思いながら、みのりはつぶやいた。
「ええっ!?そう?例えば、誰がいる?先生。」
宇佐美が身を乗り出す。
みのりは紅茶のカップをそれぞれの前に置きながら、目をパチパチさせた。
いきなり遼太郎を持ち出すのは、ちょっと不自然な感じがしたので、少し考える。
「……例えば、平井くんとか、モテるよね?」
「ああ!?平井?ダメよー、あれは―。」
「そうそう、モテてるから、とっかえひっかえだもん。」
「気のいい奴だから、コクられたら、すぐなびいちゃう。」
この二人の分析に、みのりはすっかり気圧されてしまった。
「ああ……そうなんだ。じゃあ、二俣くんは?」
「二俣は、彼女いるじゃん。」
「中学校の時から付き合ってるんでしょ?平井とは正反対だよねー。『ふたまた』って名前だけど身持ちがいい。アハハ!」
――おお!そうなんだ。あの子とは中学校の時から付き合ってるんだ……!
みのりは頬杖をついて、面白そうに話に聞き入る。
「何?先生。二俣みたいなのが好みなの?」
と、不意に平野から話を振られた。
「え!?」
思ってもみない問いに、みのりはただ驚いた。
「えー、そうなの?私てっきり、先生は狩野くんがお気に入りなのかと思ってたー。」
他意はない無邪気な宇佐美の言葉に、みのりは内心跳び上がった。
「お、お気に入り!?……な、なんで狩野くんが?」
「だって、個別指導してるじゃん。」
「個別指導は、お気に入りだからしてるんじゃないのよ。狩野くんが鍛えれば伸びるって思ったからよ。」
真っ赤になってみのりが言い訳をするものだから、宇佐美はいっそう訝しそうな目で、みのりを見た。
「だったら、宇佐美さんもする?個別指導。あなたも、私のお気に入りよ。」
みのりは宇佐美にそう切り返し、にっこり笑いかけた。高校生相手に、やり込められるわけにはいかない。
「いやいや、それは遠慮しときます…。」
やぶへびとばかりに、宇佐美は首をすくめた。
「狩野くんと言えば……。2年生の子からコクられたって、なんか聞いたけど……?」
おもむろに、平野が口を開く。
「えっ!!?」
それを聞いたみのりと宇佐美が、同時に平野を見た。
「マジで!?今ごろコクるなんて、どうかしてる。今から入試が忙しくなるのに、迷惑なだけじゃん。」
宇佐美はこう辛辣な意見を言ったが、確かに遼太郎にとってこれからが一番の正念場だから、一理あるかもしれない。
前からつき合っている彼女なら、励ましにもなるだろうが、これから関係を築くことに気を逸らされると、他のことに支障が出かねない……と、みのりも思った。
「それで、狩野くんは何て答えたの?」
みのりは、その答えが気になってしょうがなかった。優しい遼太郎のことだから、もしかしてつき合うことにしたかもしれない。
「さあ…?よく知らないけど、好きな子がいるとかどうとか言ったみたいで、断ったみたいよ。」
平野のあんまり興味のなさそうな返答を聞いて、みのりはホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、
――好きな子…!?
と、別の事が気になった。
――狩野くんって、自分の恋愛に関しては素っ気なくて、全然興味ない感じだったけど…….、ちゃんと好きな子はいたんだ……。
と、平野の話と普段の遼太郎の感じとがかけ離れていることが、みのりはすっきりしない。
自分が知らない遼太郎の一部分がある。
遼太郎は、教師の自分には言えない秘密を抱えている。
その事実は、すんなりとみのりの腑に落ちてくれず、もどかしさを感じさせ、落ち着かせなかった。
そこで、みのりは自分が悶々と物思いをしていることに気がついた。
――健全な18歳の男の子なんだから、好きな子がいるくらい当然のことじゃない……。
そう自分に言い聞かせて、心の中のざわめきを気取られないように笑顔を作った。




