女同士の話 Ⅲ
「先生、秋季休暇はどうするの?実家に帰るの?」
明日から秋季休暇という日、授業が終わって職員室へ戻ろうとするみのりに、宇佐美が声をかけた。
「えっ?秋季休暇?実家に帰るわけないでしょ。うちの親、うるさいんだから。そうねえ、どうしようか…….。と言っても、100周年記念式典の準備があるから、部活や打ち合わせがあるんだけどね。」
「ふーん、記念式典って、いつあるの?」
今度は、平野が口を開く。この平野、期末考査はかなり悲惨な状況だった。
「あら、知らないの?秋季休暇が終わってすぐよ。同窓生の偉い政治家の先生も来るんだから、準備も大変なのよー。」
みのりはうんざり…という風に、口をへの字にした。
「澄ちゃんとは遊びに行ったりしないの?」
宇佐美は担任の澄子のことを、親しみを込めて「澄ちゃん」と呼んでいるらしい。みのりと澄子が親友ということは、生徒の間には知れ渡っているみたいだ。
「近場の旅行にでも行きたかったけどね。澄ちゃんは、進路会議で忙しいんだって。」
〝進路会議〟…と言って、みのりはチラリと遼太郎を見遣った。
みのりは、遼太郎が指定校推薦の選定をまだ受けていないのが、ずっと気にかかっていた。
当の遼太郎は、先ほどみのりが配布した秋季休暇の課題を開いて、すでに取り掛かっていた。こうやって休み時間に、寸暇を惜しんで勉強をしているらしい。
その横で、二俣は大きい弁当箱を開いて、早弁の真っ最中だ。
「ねえねえ、だったら、先生。先生の家に遊びに行ってもいい?」
「あーそれ、いい!私も行きたーい!」
宇佐美と平野は、声をそろえてみのりに迫った。
「ええー!?本気で言ってるの?」
みのりはうんざりとして引き気味に、確認する。
「もちろん!行きたい、行きたい!!」
二人はみのりのうんざり顔も物ともせず、あきらめずにみのりに迫った。
これだけの根性が、答案用紙からも感じられたらいいのに……と、みのりは思ってしまう。
「うん…。じゃあ、しょうがないなぁ……。いつ来るの?」
「先生、忙しいんなら、先生の都合のいい日に行くよ!」
「あ、ねえ!先生の作ったご飯食べたーい!お昼ご飯食べさせてー♪澄ちゃんが、先生の料理はおいしいって言ってたからー。」
「は……!?」
――澄ちゃん!そんなこと生徒に言ってんの!?
この二人の強引さには辟易するが、生徒のことをいろいろ知りたい気もするので、みのりはとりあえずは了解した。
みのりと宇佐美と平野の会話は、秋季休暇の課題をしていた遼太郎の耳に、しっかりと入ってきていた。
みのりの家……と言ってもアパートだろうが、二人がそこに行って、お昼ご飯までご馳走になるという情報は聞き捨てならなかった。
――チキショー、いいなぁ……。
みのりはどんな部屋で食事をし、眠っているのだろう…。学校にいないときのみのりは、どんな姿をしているのだろう……。
服を脱ぎ、入浴しようとしているみのりの姿……。
遼太郎の妄想は暴走し始めて、遼太郎の身体の一部も意思に反して爆発的に反応した。
こんな些細なことで、いちいち反応してしまう自分の体が、遼太郎はうらめしくてしょうがない。
課題をする手が止まり、唇を噛んだ。周りの人間に気づかれないよう反応が収まるのを、ひたすら待つしかない。
その時、隣で弁当を食べていた二俣が、
「ぶわっっくしょん!」
と、思いっきり大きなくしゃみを一つした。
遼太郎の課題プリントや髪や顔に、ご飯粒が飛び散る。
「………!!」
身体の反応の対処だけで手一杯の遼太郎は、何も言えず、二俣を見つめて情けない顔をした。
「ああぁ!遼ちゃん!……ゴメン!!」
「おわ!ふっくん!きったねーなー!」
「遼太郎、可哀想ー…。」
周りにいた男子たちが口々にはやし立てている。
みのりはその大騒ぎを廊下で聞き、笑いを漏らしつつ職員室へと戻って行った。
短い秋季休暇の間も、ラグビー部は花園予選目前とあって合宿が組まれており、遼太郎も二俣もラグビーに明け暮れていた。
高校に入学してから2年半、勉強はそっちのけでずっとラグビーばかりしていた3年生の、最後の最後の試合が目前に迫っている。負けたらそこで引退となるわけで、1日でも長くラグビーをするためには勝ち続けるしかない。
そして、勝つためには、戦略を立てて、練習するしかない。
遼太郎はやみくもに練習しても疲れるだけで、勝つための力をつけるのは限界があると思い、ラグビーの練習の仕方について、雑誌や本を読みあさり、ネットでいろいろ調べてみていた。
自分のチームを分析し、弱点を見つけ、克服するためにはどうしたらいいのか、常に考え工夫するように努めた。
遼太郎が顧問の江口に提案した練習で、今までできなかったことができるようになったりすると、チームのメンバーの信頼もいっそう篤くなった。
まだまだ、どんどん強くなっていけるような気がしていた。




