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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
10 女同士の話
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女同士の話 Ⅰ



 9月の最終週に、前期の学期末考査が始まった。

 みのりは日々の授業や雑務に追われ、考査の問題作成が大幅に遅れ、1年生の日本史も3年1組の日本史も問題が出来上がったのは、やっと前日になってのことだった。



 試験問題は、易しい問題にして皆に高得点を取ってもらいたいのはやまやまだが、それだと評定が付けられなくなるので、大体平均点が60点台になるように作成される。


 欠点者を少なくするための易しい問題、きちんと勉強した子に報いるための難しい問題、いろいろと織り交ぜて作成するのだが、さじ加減を少し誤ると、平均点が高すぎたり低すぎたりと、何かといろいろ後が大変になってくる。


 歴史の問題は写真などもよく使うので、印刷の出方も調整しなければならず、何日もかかってパソコンと向き合い、ようやく考査問題は出来上がる。




 3年1組の問題を作成する最中、何度か遼太郎の顔が脳裏に浮かんだ。

 何とかいい点を取って、指定校推薦の選定を受けてほしい……。今のみのりの一番の気がかりはそれだった。



――でも、多分、大丈夫。狩野くんだったら、きっと……。



 これまでの遼太郎の頑張りと、結果を出すために努力ができることを知っているので、みのりはどこかで信念を持ってそう思っていた。



 考査が実施されている間、行われている科目の出題者は、問題に関する質問を受けに教室を巡回する。

 問題を解いている生徒の反応を見るのは楽しみでもあるが、問題や解答用紙のミスを指摘されることもあるので、これが結構緊張する。


 50分間の考査が始まって30分くらい経ったころ、シーンと静まり返った廊下を歩き、みのりは3年1組の教室へと向かった。



「失礼します…。」



 教室へ入ると、一斉に視線がみのりへと集まる。

 試験監督はラグビー部顧問の江口だった。



――江口先生は3年部だったっけ?



と思いつつ、みのりは会釈をする。

 江口は教壇の上から窓辺へと移動し、教壇の場所をみのりに譲った。



「日本史の人。何か質問はありますか?」



 日本史選択者の何人かと、みのりの目が合った。しかし、手を挙げて質問する生徒はいない。みのりは机の間を歩いて、生徒たちの出来具合を確認し、様子を少し観察した。

 


 質問も出ないようなので、



「それでは、最後まで頑張ってください。」



と言い残して、教室を出ようとした時――、



「先生。」



と、遼太郎が手を挙げた。


 「先生」とだけ呼んだものだから、みのりと江口の両方が、遼太郎を見る。遼太郎はもう一度、



「仲松先生。」



と、呼びなおした。


 みのりは頷くと、速やかに廊下側の列へと移動して、遼太郎の側に来る。


 その刹那に、フワッと遼太郎の鼻孔に、花のような澄んだ空気のような、みのりの薫りが満ちた。



「ん、何?」



 みのりが遼太郎の椅子の背もたれに手をかけ、上半身を倒し、顔を近づけて囁いた。


 みのりとこんなに近くなるのは久しぶりのことなので、無条件に緊張する。



「…あ、あの。内閣の名前を答えるときは、第1次とか第2次とかは必要ですか?」



 もちろん必要だと遼太郎自身思っていたし、どうでもいいような質問だとは思ったが、考査中はこうでもしないと、みのりと接触を持てない。



「うん、皆にも説明するから聞いてて。」



 みのりはそう言って、遼太郎の肩に手を置いて、ぐっと力を込めた。



――頑張って!



と、言葉にして伝えられない思いを込めたつもりだった。


 遼太郎の息が一瞬止まり、心には浮遊感を覚える。



「内閣の名前を答えるときなんですけど、2回以上組閣している総理大臣の場合は、必ず第1次とか第2次とかを入れて答えて下さいね。」



 教壇の方へ歩いて行きながら、みのりは説明する。


 何のことを言ってるのか解らない…と言う顔の生徒が数名いたので、みのりは少々不安になった。

 でも、遼太郎に関しては、しっかり勉強しているからこそ出てくる質問だと思い、内心期待した。



 確かに、みのりはそう解答しなければならない問題を出題していた。大正時代のシーメンス事件と虎の門事件。どちらも山本権兵衛内閣の時の事件だが、前者は第1次で後者は第2次の時に起こっている。



 他には質問も出ないようなので、みのりは職員室に戻ることにした。



「じゃあ、お願いします。」



と、江口に会釈しながら教室を出ようとした時、地理の質問を受けに来た古庄が駆け込んで来て、戸口のところで、激しくぶつかった。


 ぶつかった瞬間、みのりがよろけたので、とっさに古庄はみのりの細い両腕を掴んで、その体を支えた。



「わっ!すいません。大丈夫?」



 古庄が尋ねると、みのりは痛かった鼻を押さえて、



「だ、大丈夫。…失礼しました。」



と、くぐもった声で言い、古庄と入れ替わりで教室を出て行った。



 気を取り直して、地理選択者からの質問を受けている古庄を、遼太郎は眉間に皺を寄せて、鋭く見つめた。



――もっと気をつけて入って来いよ!



 古庄がみのりに痛い思いをさせたことに憤慨するよりも、みのりの腕に直接触れてしまったことが許せなかった。




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