遼太郎の初恋 Ⅷ
その後、みのりは今日の授業の復習どころか、今度の考査で大事なところを、随分な時間を割いて教えてくれた。
日常の授業ではあいまいでこんがらがっていたところも、こうやってポイントを押さえてくれると、すっきりと理解が進んでくる。
勉強を教えてもらうと、遼太郎とみのりの差は歴然とした。
みのりの手を借りずとも、これが初めから出来るようにならなくては。少なくとも対等に近づかなくては、みのりに〝対象〟として見てもらえないだろう。
「ああ、まだまだダメだ……。俺は。」
勉強を終えるときに、遼太郎はため息をついた。
みのりは未だほのかに赤い瞼で、遼太郎を覗き込む。
「矢継ぎ早に教えたから、息切れしちゃった?自信なくさなくても、狩野くんはよくやってると思うよ。」
「でも、先生はもっとすごいし……。」
遼太郎の発言に、みのりは苦笑する。
「前にも言ったけど、私はこれの専門家なんだから、私と比べなくてもいいの。私だって、狩野くんと同じようにラグビーやれって言われても、絶対にできないし。」
その例えに、みのりが泥にまみれてラグビーをやっている絵が頭によぎって、思わず遼太郎は吹き出した。
「ラグビーどころか、私ドンくさいから、スポーツはてんでダメだしね。」
遼太郎が笑う間も、みのりは肩をすくめておどけて見せた。
「それに、狩野くんは英語や国語や他の教科も同じように勉強しなきゃいけないし、日本史ばかりに偏っちゃダメだよ。」
とは言いつつ、遼太郎に負荷をかけて、偏らせているのは自分かも……と、みのりは思った。
遼太郎は、日本史に偏るつもりはなかったが、やはりみのりに認めてもらいたいという思いから、まずはさておいても日本史になってしまっていた。
「そういえば、狩野くん、指定校推薦の方は?選考結果はどうなったの?大体9月中には決まるでしょ?」
みのりは、前々から気になっていたことを思い出して、やっと遼太郎に訊くことができた。このところ個別指導を休んでいたから、訊く機会がなかったのだ。
「それが……。」
遼太郎は言葉を詰まらせる。みのりは途端に不安になり、悪い結果を想像した。
「まさか、ダメだったの……?選考されなかった?」
青ざめるみのりをなだめるように、遼太郎は両手のひらを胸の前でみのりに向けた。
「いや、そうじゃなくて。法南大学は願書の提出が遅いし……、まだ選考中だって言われました。」
「……そう。」
みのりはホッとして、胸をなでおろした。
あまり進路指導のことは分からないみのりだったが、もう10月になろうかというのに選考中ということは、遼太郎以外にも法南大学を志望している生徒がいるのかもしれない……、と思った。
「じゃあ、今度の期末考査は、いっそう大事だね。まだ時間はあるから、頑張らなきゃ!」
みのりが胸中の複雑さを隠すように、両手に拳を握ってガッツポーズをすると、遼太郎は幸せそうに笑った。
以前は励まされるとプレッシャーを感じて恐縮していた遼太郎だったのに、今日のその嬉しそうな笑顔に、みのりは意外さを感じ、頼もしささえ感じた。
その時、渡り廊下を澄子が通りかかった。
楽しそうに会話をする二人の様子を見て、少し安心したような顔をして近づいて来る。
「みのりさん、この前の全県模試の結果、返って来てるよ。」
「ホント!?」
澄子の報告に、みのりはすぐさま反応して、遼太郎を見つめた。
前回の全県模試はマーク式だったので、みのりは採点しておらず、遼太郎がどのくらい出来ていたのかは、データが返ってこないと分からなかった。
「よし!今からちょっと見せてもらいに行ってみよう!狩野くんも一緒に来て!」
みのりは立ち上がると、足早に進路指導室へと向かった。遼太郎も言われるがまま、みのりに付いていく。
薄暗くなった廊下には、進路指導室の明かりが漏れていた。
廊下に遼太郎を待たせ、みのりだけが室内に入っていき、中で何やら進路指導主任と話をして、データ用紙をめくっている。
みのりの手が止まり、指で何かをたどって確認しているようだ。
「ヤッターーーーっ!!」
みのりは両手を胸元で拳に握り、データ用紙を放り出して、進路指導室を飛び出してきた。
「すごいよ!狩野くん!!日本史94点だった!この学校の3年生全体でも、5番に入ってる!!」
自分が思ってもみないような高得点が取れて、遼太郎は嬉しいことには違いなかったが、みのりのような歓喜とまではいかなかった。口元をほころばせ、ただ頷く。
「やればできるんだよね。努力が実ったね。」
夏休みのみのりの厳しい個別指導を思い出して、違った意味で遼太郎は笑った。
先ほどの涙を堪えるみのりを思い出して、みのりのこんな笑顔を見られたことの方がうれしかった。
自分が頑張ることでみのりをこんなにも喜ばせることができ、笑顔にできるのなら、遼太郎はもっともっと頑張って努力しようと思った。
家に帰って、薄暗い自分の部屋に入ると、遼太郎の机の上には、水色の封筒が置かれたままになっていた。
この件に関して気持ちが決まった遼太郎は、封筒から便箋を取りだし、そこに書かれているメールアドレスを携帯電話に打ち込んだ。
明日の朝、智香を呼び出して、自分の気持ちを伝えるつもりだった。
心の底から好きな人がいると――。




