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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
9 遼太郎の初恋
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遼太郎の初恋 Ⅵ




「そうね……。狩野くんにだったら、言ってもいいかな?でも、聞いたら、教師としての私に失望しちゃうかもしれないよ?正直、狩野くんに失望されるのは怖いけど、そんなに気になるんだったら、本当の私を知ってもらうのも、いいかもね……。」



 みのりは覚悟を決めたように目を開けると、遼太郎を見た。



――先生に、失望なんかするはずない!



 心ではそう叫んでいたが、遼太郎はみのりが放つ緊張感に圧されて、ただみのりを見つめることしかできなかった。



「狩野くん。心の底から人を好きになったことはある……?」



 みのりは苦しい心の内を吐露するような表情で、遼太郎に問いかけた。



「心の底から。……いや、ないと思います。」



 心の底からどころか、ちゃんと人を好きになった記憶が、遼太郎にはなかった。

 ただ単に、女の子をかわいいな…と思うこととは違うとは思っているが、そこから好きになるまでのプロセスが、全く分からなかった。



 遼太郎の神妙な受け答えに、みのりは静かに頷く。



「……そう。まだ18歳だもんね。これからきっとそういう経験すると思うけど。……私ね、すごく好きな人がいたの。本当に心の底から好きな人。その人とお別れすることになったのよ。それで、辛くてたくさん泣いちゃったわけ。」



 ここまで話を聞いて、遼太郎にはいろんな疑問が湧いて出てくる。



「先生、彼氏がいたんですか?前に『いない』って言ってたような気がするけど。」



 遼太郎のこの疑問は当然想定していたけれど、それを突きつけられて、みのりはいっそう切ない顔になる。



 その顔を見て、遼太郎は心が切り裂かれそうになり、そんな言葉を投げかけてしまったのを後悔した。



「……その人とは、お付き合いしていたけど、おおっぴらに彼氏と呼べるような人じゃなかったのよ。」



 遼太郎は無言で、さらなる疑問を顔に書いた。

 それを察して、みのりも疑問に答えるように説明した。



「その人には、奥さんがいてね。子どももいるの。許されることじゃないと分かっていても、お互い気持ちを止められなくてね。3年近く、時間を見つけては会ってたんだけど……。」



 話の内容の重さに、遼太郎は息を呑んだ。



 驚いているような感情をその表情の裏に隠しているのを、みのりは敏感に読み取っていた。


 遼太郎にこの話の内容は耐えられるだろうか……。みのりは遼太郎の様子を推し量りながら、少し時間をおいた。




「どうしてその人は、奥さんと離婚して、先生を選ばなかったんですか?」



 しばらくして、遼太郎は口を開いて、みのりの話を受け止めようとする意思を見せた。



「狩野くん…。そんな簡単なことじゃないのよ。その人には子どもがいるの。私のせいでその子が不幸になるのは、とても……。」



 『堪えられない』と言うように、みのりは首を横に振った。



「それに、まがりなりにも教師だから……。だから、これ以上一緒にいてもお互いが不幸になるだけだから、別れることにしたの。……私の方から。」



「……それは、もう好きじゃなくなったってことですか?」



 心の機微をあまり理解できていない遼太郎のシンプルな問いに、みのりは寂しく作り笑いをした。



「好きじゃなかったら、こんなに辛くはないわ。その人も私のことを好きでいてくれてるから、なおさら辛いのよ。」



 みのりの目には涙が湧き出てきたが、歯を食いしばって、瞳に湛えた涙が零れ落ちないように、必死で堪えた。


 遼太郎の前で泣いてはいけない――。



 気丈に振る舞おうとしているみのりに、却って遼太郎は心を打たれた。みのりを執拗に問いただして、再び辛い思いを追認させてしまったような気がして、遼太郎は罪悪感さえ覚えた。



 いつもみのりは、遼太郎に勇気と原動力と励ましをくれる。

 そのみのりの何か力になれないか……、遼太郎は必死でそれを考えた。



「先生…….。何か俺にできることがあったら……。」



 みのり個人の恋の苦悩だし、今のちっぽけな自分にできることなどない……。そうは思ったけれど、遼太郎の口は勝手にみのりに語りかけていた。


 みのりの泣き腫らした赤い目を見た瞬間から、ずっと遼太郎がみのりに言いたかったことは、この言葉だった。



 遼太郎のこの言葉を聞いて、みのりは涙をためた瞳で、愛おしそうに遼太郎を見つめる。


 遼太郎の心臓が、ドキンと一つ大きく脈打った。



「狩野くん……。力になってくれようとしてるのね。優しんだね。……ありがとう。」



 みのりが首をかしげて微笑むと、心臓は大きく脈打ったまま鼓動を速めた。

 激しい鼓動の中心に、何かを見つけられそうな感覚が襲う。



「……狩野くんができることは、……そうねえ、やっぱりいい男になることかな。」



「いい男……。」



 遼太郎はつぶやきながら、自分の中に萌芽しかけている感情を確かめようともがいていた。



「そうよ、生徒が一人前になってくれるほど、嬉しいことはないもの。ましてや、男の子は『いい男』に成長してくれたら、ホントに嬉しい。」



――そうだ、いい男になって……!



「狩野くんがそうなるように頑張る姿を見せてくれてると、きっと今の辛い傷も癒えてゆくんじゃないかな。」



 みのりは遼太郎を見つめながら、自分にも言い聞かせるように言った。




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