遼太郎の初恋 Ⅰ
体育大会の次の日、その出来事は、前触れもなく突然起こった。
少なくとも、遼太郎の中では。
みのりとの個別指導がなくても、遼太郎は朝早く登校する癖がついてしまっていた。
早く登校して朝礼が始まるまでの時間、前日にし残した宿題や英語や国語の予習をしたり、日本史のノートづくりをしたりしている。
放課後は部活をして、帰宅するのは8時過ぎになる遼太郎にとって、夜は疲れてしまって寝てしまうことが多かったので、朝のこの時間はとても貴重だった。
いつものように、人気のない生徒の昇降口で靴を下駄箱に納めていた時、遼太郎の後ろに女の子が立った。
背後霊のようにいきなり立っているものだから、遼太郎はビクッと単純に驚いて何事かと無言で凝視すると、女の子は水色の封筒を遼太郎に差し出した。
「これ、読んでください。」
消え入るような声が発せられて、反射的に遼太郎は封筒を受け取ってしまった。
女の子はぺこりと頭を下げると、走り去った。
遼太郎はその女の子の後ろ姿と、渡された封筒を交互に見遣って、気が付いた。
ーーラブレターをもらってしまった…!!
まだ、ラブレターと決まったわけではないけれど、この状況はどう考えてもラブレターに違いなかった。
教室に入って、誰もいないのを確認して、封筒から手紙を出して読んでみる。
『 狩野先輩へ
先輩は私のことを知らないと思いますが、私は2年3組の小泉智香といいます。
二俣先輩とお付き合いしている御幸高校の友岡沙希ちゃんは、私の中学の時からの友達です。何度か一緒にラグビーの試合の応援に行っているうちに、狩野先輩のことを知り、好きになってしまいました。
先輩は、まだこれからラグビーの試合もあるし、受験もあって、恋愛どころじゃないと思いますが、もし、今お付き合いしている人や好きな人がいなければ、私とお付き合いしてくれませんか?
ご迷惑だったら、ごめんなさい。でも、卒業まであと半年もないし、先輩のことが好きという想いが募ってしまって、言わずにいられませんでした。
本当はメールで伝えようかとも思ったんですが、アドレスを知らないので、手紙を書くことにしました。乱筆乱文、お許しください。
最後に、私のメールアドレスを書いておきます。 小泉智香 』
遼太郎は手紙を読んで、複雑な気持ちになった。
――仲松先生が言ってた、あの子だな……。
と、遼太郎は思い返した。
昨日、救護テントを覗き込んでいた女の子だ。怪我をした遼太郎を心配して、様子を見に来たのだろうか。
人から好かれることは、決して嫌なことではない。手紙にあるように、迷惑だと感じる気持ちもない。
ただ、顔もよく覚えていない相手から、いきなり恋愛感情を示されても……、どうしていいか分からず、困惑するだけだ。
『今好きな人や付き合っている人がいなければ、とりあえず付き合ってほしい』
手紙の中ではそう言っているが、付き合うってそういうことなのだろうか?
これで、気軽に付き合ってしまう人間もいるとは思う。そして、付き合っていく中で、相手のことを好きになることもあるだろう。
しかし、もともと遼太郎は〝彼女がほしい〟と望んでいたわけではないので、今現在好きでもない相手と、あまり気軽に付き合う気もなれなかった。
ただ、相手の女の子の立場になってみたら……。
この手紙を渡すのに、どれほどの勇気を振り絞ったのだろう。そして、文面ににじむ自分への想いを真摯に感じ取って、遼太郎はため息をついた。
いずれにせよ、心の中にもやもやするものを抱え込んでしまって、朝の勉強は手に付かなかった。




