体育大会のハプニング Ⅷ
フォークダンスをしている横を通って、3年のテントの方へ走っていくみのりを、遼太郎は目で追った。
血の付いたタオルを持ったまま、肩を抱いてしまったので、みのりの白いポロシャツが血で汚れている――。
申し訳ない気はもちろんするが、それ以上にみのりに自分の〝印〟をつけられたようで、遼太郎は胸が高鳴った。
あの肩を掴んだり、あの腰に手を回した先ほどの出来事が、遼太郎の中に甦る。
みのりの肩や腰の細さ。片腕で持ち上げられるほどの軽さ。それでいて、ふんわりとしている柔らかさ。
普段自分がしがみつきぶつかり合う肉体とのあまりの違いに、愕然としたような感覚を覚えた。
それに、胸に残るみのりがぶつかってきた感触。
見下ろしてみると、ほんのり赤くなっている。親指で拭ってみると、自分の血ではない。
――先生の口紅だ……!
そう直感すると、体中の毛が逆立つような感覚が遼太郎を襲った。
カーッと胸の一部分が熱くなってくる。決して嫌ではないその感覚を、遼太郎は唇を噛んでしばらくの間味わっていた。
「あら、仲松先生は?」
養護教諭の先生が戻ってきた。遼太郎は我に返り、声のした方に振り返る。
「あ、僕の体操着を取りに行ってくれてます。」
「そう。どれ、傷を見せてみて。…もう、血は止まってるみたいね。はい、これで大丈夫。でも、今日はもう激しい運動はダメよ。」
養護教諭は、ぴったりと傷口をくっつけるようにテープを貼り、遼太郎を救護テントから送り出した。
遼太郎が歩いて3年のテントへ向かっていると、「狩野」と刺繍された体操着を手に持って、戻って来ていたみのりと出会った。
体操着を受け取って、それを頭から被ると、みのりは心なしか安心したような顔をした。
「先生の服汚してしまって、すいません。」
遼太郎が謝ると、みのりは自分の服が汚れていることに初めて気が付いたらしく、肩や背中を見返してから首を振った。
「大丈夫よ。すぐに着替えるし、ちゃんと洗えば落ちるから。それに、私がコケそうになって、狩野くんが助けてくれた時に付いちゃったわけだし……。」
みのりは恥ずかしそうに、肩をすくめた。そして、
「助けてくれて、ありがとう。」
と、はにかんで少女のような笑顔を遼太郎に向けた。
この笑顔に、遼太郎の中の何かが弾けた。弾けた後、じんわりと暖かく心がとろけてくる。
何も言葉は返せずに、微かに頷くのがやっとだった。
フォークダンスが終わり、体育大会はあと閉会式を残すのみになった。
「さあ、体育大会が終わると、3年生はいよいよ入試に向けて、導火線に火が着くね。」
フォークダンスから閉会式の隊形に移る生徒たちを見ながら、みのりは深く息を吐いた。
遼太郎は無言でみのりを見つめる。
「狩野くんは花園予選もあるから、これからが正念場だね。」
みのりが遼太郎に向き直ると、二人の目が合った。
みのりは遼太郎の視線の中に、かつてはなかった〝自信〟を感じ取った。
「頑張ります。〝いい男〟になれるように。」
以前、みのりが言ったことを遼太郎は覚えていた。そのことを、みのりは素直に嬉しく思い、
「うん、頑張れ!」
と言って、にっこり笑いかけた。
「さあ、閉会式よ。行っといで!」
そして、そう言いながら、遼太郎の背中を押した。
みのりに押し出されると、百人力になって何でもできそうな気がしてくる。
遼太郎は振り返りながら微笑むと、軽快に走って生徒の一群へ融けていった。
みのりは、そんな遼太郎を目で追いながらつぶやいた。
「もう既に、今でもいい男だと思うんだけど……。」
――でも、狩野くんが大人になったら、もっといい男になれるね……。
そう思いながら、みのりは閉会式に出るために、職員用のテントに戻った。




