体育大会のハプニング Ⅶ
――だって、その辺の女子と手を繋ぐよりも、先生に手当てしててもらいたいし……。
遼太郎が、そうぼんやり思った瞬間、ガーゼ越しに胸の上を滑るみのりの指の感触を、突然意識した。
その心の動揺を受けて、遼太郎の体がピクリとこわばる。
「ちょっと、動くと拭き取りにくいわ。」
遼太郎の体が動かないように、みのりの左手が背中側に添えられる。
その瞬間、遼太郎の全身に鳥肌が立った。
「寒いの?鳥肌立ってるよ?」
みのりの問いに、ただ首を横に振ることしかできない。
テントの外では、フォークダンスの音楽がにぎやかに流れ始めた。みのりの方も作業に没頭していて、お互い無言のまま時間は過ぎていく。
「さーて、ほぼ拭き取ったかな?」
みのりは一歩下がって、遼太郎の上半身を改めて見直した。
その時、みのりの目の中に入ってきたのは、鍛え上げられた遼太郎の美術品のような肉体だった。
盛り上がった胸筋に、見事に割れている腹筋。美しく波打つ背筋。
みのりは息を呑んで、血で汚れたガーゼを握りしめて、固まってしまった。そして、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……か、狩野くん。体操着は?どこに置いてるの?持ってきてあげる。」
裸の遼太郎は、心臓によくない。
早く服を着せて、隠してしまわなければ。それに、この身体の側から離れなければ…。
そう思って、みのりは口早に問いかけた。
「……3年のテントのどこかにあると思うけど…」
遼太郎はみのりをパシリに使うのを躊躇しているようだった。
「わかった。取ってきてあげるから、待ってて……。」
と、みのりが走り出そうとしたとき、すぐそばにあったパイプ椅子に足を引っ掛けて、前につんのめった。
「――うわ!!」
勢いよく遼太郎の方へ倒れてしまい、顔を遼太郎の硬い胸に激しく打ち付けた。
遼太郎はとっさに、タオルを持ったままの手で、みのりの肩を抱きとめていた。
みのりの目から星が散る。目を閉じて打ち付けた痛みに耐える間、みのりは動けなかった。
図らずもみのりを抱きしめる体勢になってしまい、遼太郎は自分の裸の胸に、みのりの唇の柔らかさを意識した。その唇が動き、熱い息が漏れてくるのを感じ取って、呼吸が浅くなる。
ようやく、状況を把握したみのりは慌てた。
顔を上げると、鼻と鼻が触れ合うほど遼太郎の顔が近くあり、
「わわわっ……!」
と、声を上げるものの、どう体を動かせば起き上がれるのかさえも判らないほど、焦ってしまっていた。
やっとのことで、遼太郎の胸に両手をつき、みのりは立ち上がることができた。
その時、遼太郎のハッとするほどの胸筋に触れていることに気が付いて、パッと両手を引っ込める。
「……ごめんなさい。狩野くん、怪我してるのに。また、痛い思いさせちゃって……。」
みのりは恥ずかしさと痛みで、鼻と口を手で押えながら、真っ赤な顔で言葉を絞り出した。
「……。」
遼太郎はみのりが気にしないように返事をしたかったが、言葉は喉に張り付いて出ず、ただ動揺するみのりの表情を見つめた。
「…じゃ、待ってて。体操着取ってくるから。」
その動揺を隠すように、みのりはそう言って、一歩踏み出した。
ところが、焦りで注意力が欠けていたのか、乱雑に置かれていたパイプ椅子に、再び足を引っ掛けてしまった。
今度は遼太郎の方ではなく、地面に向かってつんのめる。
「……!!」
すかさず遼太郎は立ち上がり、左足を踏み出し左手を差し出した。みのりの腰に腕を回して、みのりの体が地面とぶつかるのを阻止する。
みのりの体はふわっと一瞬浮き上がったかと思うと、元の立っている状態に戻されていた。
何が起こったのか判らなかったみのりだったが、目の前に遼太郎の逞しい肩があり、腕が腰に回されている。その状況を把握すると、顔をさらに赤くして体をのけぞらせた。
それに呼応するように、遼太郎も赤面して腕を引っ込めた。
「私、ホントにドンくさくって……、ホント、嫌になっちゃう……。」
そっとゆっくり、みのりは遼太郎から離れ、今度こそは気を付けてパイプ椅子の林を抜けた。
そして、はにかんだほのかな笑顔を見せると、救護テントを出ていった。




