体育大会のハプニング Ⅵ
「どうしたの?大丈夫?傷、ちょっと見てみてもいい?」
みのりはタオルを外して、遼太郎の傷を確認する。
眉尻のところがぱっくりと裂けてしまっており、まだ血が流れ出していた。急いでタオルを元に戻したが、傷を見てしまったみのりは真っ青になり、めまいを感じてよろけてしまった。
「先生の方が、大丈夫ですか?」
遼太郎がフッと笑う。
「だ、大丈夫よ。……たぶんね。」
とは言うものの、みのりの顔はまだこわばっていた。それを上目に認めてから、遼太郎はさらに口角を上げた。
笑われているのが分かったみのりは、紛らわせるために話しかける。
「……ど、どうして、こんなことになっちゃったの?」
「俺、騎馬の上に乗ってたんですけど、騎馬が崩れて落ちるときに、他の崩れた騎馬のやつの上に落ちて、誰かの肘がもろにここに入ったみたいなんです。」
遼太郎の説明を聞きながら、みのりはその状況を想像して、顔をゆがめた。
「それは大変だったね。これはさすがに、痛いでしょう?」
「痛いですけど、……ま、大したことありません。」
普段からラグビーで鍛えている遼太郎にとっては、騎馬戦での混乱は慣れている状況なのかもしれない。
血は大分止まってはいるが、こうなるまでに随分流血したのだろう。首筋から身体を流れ落ちた血が、すでに乾いて固まっている。
「この身体についてる血も拭かなきゃね。ちょっと、このタオル自分で押さえててくれる?」
と、みのりは何か拭き取るものを探し始めた。
その時、一人の女子生徒が救護テントを覗き込んだ。その様子に気づいたみのりが、目を向ける。
「どうかした?気分悪い?」
声をかけると、遼太郎も女子生徒の方に目をやった。女子生徒はあわてて首を横に振って走り去る。
その不可解な行動に、みのりは首をひねりながら改めて周囲を物色して、
「これ、ガーゼがあるから…」
と、手洗い用のタンクの水を使ってガーゼを濡らし、ギュッと絞って遼太郎の正面に来た。
まず、顔にこびりついた血を拭き取る。固まっていてなかなか取れないので、みのりは左手で遼太郎のうなじに手を添え、頭が動かないようにして擦り取った。
みのりの顔がすぐ近くにあるので、遼太郎は緊張して表情を硬くする。
その微妙な変化を、みのりは察して、
「動かすと痛い?」
と、様子を窺う。
「いえ……。」
遼太郎は気の利いたことが言えず、短く答える。
しばしの沈黙。
「そういえば、さっきの子…」
拭き取り作業をしながら、みのりが口を開いた。
「この前、ラグビーの試合に応援に来てたよね。」
「え……!?」
みのりの意外な発言に、遼太郎は素直に驚いた。
「覚えてない?二俣くんの彼女の隣にいた子。水色の洋服着てた。」
「ああ……。」
とは言ったものの、遼太郎の記憶は極めてあいまいだった。あのときは私服で、今日は体操着を着ているし、まるでイメージがかぶらない。
「先生、よく判りましたね。」
首筋に付いた血を拭き取ってもらいながら、遼太郎がそう言うと、みのりは柔らかく笑った。
「生徒の顔を覚えるのは大事なことなのよ。なかなか覚えられない子もいるけどね。でも、あの子、この学校の生徒だったのね。二俣くんの彼女は御幸高校の生徒って言ってたけど……。」
その時、放送があり、体育大会のフィナーレを飾るフォークダンスの隊形になるようにと言っている。
この放送を聞いて、救護テントにいる生徒たちもグラウンドへ向かい始め、テントの中には遼太郎とみのりだけになってしまった。
「あら、フォークダンス?もう始まっちゃうの?狩野くん、どうする?出たい?もう血が止まってるなら、出てもいいんじゃない?」
〝フォークダンス〟という響きに少し興奮して、みのりは遼太郎に話しかけた。
「いえ、別に出なくてもいいです。」
遼太郎があまりにもサラッというので、みのりは遼太郎の目を覗き込む。
「えー!?女の子と正々堂々と手が繋げるチャンスなのに、出なくていいの?」
信じられないという感じで、みのりが肩をすくめながら確かめても、
「別に、手なんか繋ぎたくないし……。」
と、遼太郎はにべもない受け答えをする。
年頃の男の子なのに、女の子に興味がないのだろうか……?
みのりは目をパチパチさせていたが、気を取り直してガーゼの面を替え、遼太郎の胸に付いた血を拭き取り始めた。




