体育大会のハプニング Ⅲ
二俣の隣にいた遼太郎は、みのりの目の周りの赤みに真っ先に目を止め、眉根を寄せた。
あんなふうに赤くなるのは、ずいぶん泣いたからに違いない。心なしか、鼻の周りも赤みを帯びている気がする。
「よく私って判ったよね?どうして判った?」
みのりが自分の目元から視線を逸らせるために、話題を変えた。
「俺は判んなかったけど、遼ちゃんが断言したんだ。」
みのりは痛々しい目元のまま、遼太郎を見つめた。遼太郎はみのりの目の方が気になって、言葉が出てこない。
「ほら、遼ちゃん。さっき言ってただろ?から…だっ……フガッ!」
遼太郎は状況に気づいて、とっさに二俣の口を押さえた。
「先生に言うなって言ったろ?言ったら……、殺す……!」
遼太郎は真っ赤になって、二俣を牽制した。口を隠されているが、二俣の目は面白そうに輝いている。
二人とも体は大きい高校生だが、こうやってじゃれあっていると、まるで子犬みたいだ。
二俣が何を言おうとしたのか、みのりは知りたい気もしたけれど、遼太郎が困っているようだったので、再びみのりは話題を変えた。
「ねえ、二俣くんの彼女来てるんでしょ?どの子?教えてよ。」
今度は途端に二俣の顔が赤くなった。恥ずかしいのか、
「遼ちゃんに訊いてくれ。」
と言い残して、そそくさと自分の荷物のところへ戻っていく。でも、教えたくないわけではないらしい。
しょうがないので、みのりは遼太郎に視線を投げかける。目が合って、遼太郎は赤い顔のまま気を取り直した。
「あの子です。」
と、腕を伸ばして、観客席へと指をさす。
遼太郎の視線と同じになるように、みのりは遼太郎の肩のところまで頭を寄せると、みのりの帽子のつばが、遼太郎の胸にあたって折れ曲がった。
指さされた先に、二人の女の子が座っており、その内の一人、水色のチュニックを着ている子がこちらの視線に気づいたのか、顔を赤らめて下を向いた。
「あの水色の洋服の子?」
みのりが確認すると、
「いや、その隣の薄い黄色の服の子です。」
と、遼太郎は答えた。
水色の洋服の子の方が、こちらを気にしている感じだったので、てっきりみのりはその子だと思ってしまった。
二俣の彼女は、いかにも彼のような力強い男が好きになりそうな可憐な少女だった。遠路はるばる応援に来るくらいだから、この子も二俣のことが大好きなのだろう。
それに、この二人の女の子には見覚えがあった。きっと6月の試合の時にも見かけたのだと思う。
「ふうん……。いいなぁ、彼女が応援に来てくれるなんて。」
みのりはしみじみと言い、遼太郎を見上げる。
「狩野くんも、彼女がいればよかったね~。」
からかわれているのが分かった遼太郎は、
「俺は、先生が来てくれれば充分です。」
と、かわした。
みのりの腫れた目元が、優しげに細くなる。
「あら、狩野くん。お世辞の勉強もしてるみたいね!」
みのりが遼太郎の背中をポンと叩くと、土埃があがった。
試合が終わった後の遼太郎からは、この土埃と汗と、やはり太陽の匂いがした。
もうしばらく、みのりはこの青春の匂いを感じていたかったが、向こうでは生徒たちが着替えを始めている。
「今日は優勝おめでとう!それじゃ。」
そう言うと、みのりは再びサングラスをかけた。
「ありがとうございました。」
遼太郎が頭を下げると、みのりは口元をほころばせて、手を振って背を向けた。そして、観客席の通路の階段をトントンとリズミカルに上がっていく。
遼太郎は頭を上げて、その足首の細さを見つめた。
観客の何人かが、みのりが通りすぎた後ろ姿を、振り返って見ている。
――別に、お世辞じゃないんだけど……。
〝先生が来てくれれば充分…〟というのは、遼太郎の本心だった。




