別れの決心 Ⅶ
石原が服を着る間、みのりも自分の服を探して手早く身に着けた。
石原が身支度を整えて玄関へ向かうと、ソファの前のテーブルに携帯電話を忘れているのにみのりは気が付いた。靴を履く石原に、それを差し出す。
石原がそれを黙って受け取ると、みのりは落ち着かないように腕を組んだ。
「それじゃ。」
と、石原が短く言う。みのりも、
「気を付けて……。」
と、短く答えて、唇を噛んだ。
ドアノブにかけた石原の手が、突然みのりの腕を掴んで、みのりは再び力強く引き寄せられる。
石原の胸に顔がぶつかり、驚いて息を抜く間もなく、みのりの唇は石原のそれによって塞がれた。
いつも帰り際にみのりの方からするキスとは比べようもないくらいの、深く情熱的なキス。
キスを受けながら、みのりは覚悟を決めた。
みのりも石原の首に腕を回して引き寄せると、何度も方向を変え唇は重ねられた。石原の息遣い、触れ合う感覚、短い間に感じ取れるすべてを、みのりの記憶の中に刻みつけた。
「……また、近いうちに会える機会を作るよ。」
口づけの後の荒い呼吸のまま、石原が囁いた。いつの間にかみのりの頬を伝っていた涙を、石原の親指の先が拭う。
みのりは無言で薄く作り笑いをして、ゆっくりと首を横に振った。
その仕草の意味を解しかねた石原は、首を傾けたが、
「早く、行ってあげて。」
みのりは、ただそう言って、石原をドアの外に送り出した。
石原の車のテールランプが、夜の闇に溶けていくのを、以前のように見送った。
でも、石原の言うように「また」見送ることはないだろう。
一人になって、改めてそれが自分の決心なのだと実感し、みのりは窓辺に崩れ落ちた。
――もう、石原先生とこんな風に会ってはいけない。
さっき、石原と抱き合っている最中、石原の奥さんは必死で彼に電話をかけ続けていた…。
それを思い返すにつれ、みのりの中の罪悪感はどんどん大きくなった。
これ以上、石原に嘘をついてほしくない。
周りの人を騙す罪を重ねさせてはいけない。
その時その時は些細なことでも、降り積もると取り返しがつかなくなり、そのうちきっと石原の傍にいる人を傷つけてしまう。
そして、石原自身が傷つき悔やむことになるだろう。
何よりも大事な石原だから、石原にそんなふうになってほしくない。
心は血を流して切り裂かれるように痛む。いくら涙を流しても、その痛みは癒えない。
石原を失う…そう思うと苦しくて、息をするのもままならない。
でも、もう終わりにしなくてはならない……。それが石原のためでもあり、前を向いて歩きはじめる自分のためでもある…。
みのりは何度も自分に言い聞かせて、夜は涙とともに流れていった。




