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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
7 別れの決心
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別れの決心 Ⅳ



 みのりは監督をしながら、教卓のところで余っている問題用紙を開き、中の問題に一通り目を通した。

 ひっかけ問題に引っかかってないか、すごく指摘したくなったが、試験なのでそれは出来ない。

 自分の関わる教科の試験監督はしない方がいい…と、改めてみのりは思った。


 試験監督時には、生徒の集中を乱さない程度に、何度か机の間を巡回する。

 みのりもなかなか時間がつぶせないので、机の間を行ったり来たりし、教室の掲示物を直したり、教室の後ろから生徒の後ろ頭を眺めたりした。


 途中で何度か、二俣や宇佐美のすがるような目とぶつかった。多分〝お手上げ…〟と言ったところなのだろう。



――頑張りなさいよ!



という念を送って、みのりは見つめ返す。


 遼太郎は、廊下側の一番後ろの席で顔を上げる余裕もなく、問題に取り組んでいる。きっと問題をちゃんと解けている証拠だった。




 遼太郎はみのりの期待の通り、迷った問題はあったが、全く分からないという問題はなく、見直しをしてもあと10分弱の時間の余裕があるほどだった。


 そこで、ようやく遼太郎は監督をするみのりの方をチラッと見た。みのりは教室の真ん中程を歩いている。



 その時、遼太郎の前の机に座る小野という生徒が消しゴムを落とし、遼太郎の左手へと転がっていった。


 試験中なので立ち上がるわけにもいかず、遼太郎が消しゴムを見つめていると、みのりがかすかな気配を察して、消しゴムに気が付いた。



 みのりが消しゴムに近づき、身をかがめて手を伸ばす。


 みのりのブラウスの大きく開いた襟元から、下着のレースの向こうに、胸の丸みまで確認できるほどの深い谷間が、くっきりと見えた。


 ほんの一瞬のことだったが、その光景は遼太郎の網膜に焼きついた。



 遼太郎の体が途端に硬直する。

 歯を食いしばって反応を抑えようとしたが、顔と体の一ヶ所に血液が集まっていくのが分かった。


 小野がみのりに目配せして、会釈をして消しゴムを受け取る。みのりが横を通り過ぎる時に、遼太郎は思わず顔をそむけてしまった。



 だが、みのりはそのままそこを立ち去ってはくれず、遼太郎の横で立ち止まる。その気配に、遼太郎の脈拍が一気に加速を始める。


 みのりは遼太郎の机上の問題用紙を除け、マークシートを一番上に置きなおした。遼太郎は赤い顔を見られまいと顔を上げずに、両手を足の付け根でグッと握った。


 みのりの指先がマークシートのある部分を指し示す。

 みのりが顔が耳元に近寄ってきて、遼太郎はもう心臓が口から飛び出しそうになった――。



「名前。」



 みのりから短く囁かれて、指の先を見てみると、名前を書き忘れている。


 最初に名前を書けと言われていたのに、忘れているこの醜態に、遼太郎は消え入りたくなりながら鉛筆を手に取った。



 金曜日の放課後は、明日が休みということもあって独特の開放感がある。ましてや今日は、一日全県模試や実力考査で授業がなかったこともあり、職員室も珍しく緩い感じが漂っている。



 みのりがコーヒーを注いで自分の席に戻り、一口飲んでフーッと息を吐いたとき、



「先生、暇そうだね。」



と、背後から声をかけられた。



 緩んだ気分に不意打ちされ、ビクッとしてみのりは振り返る。二俣と衛藤と遼太郎、いつものラグビー部三人組だ。



「……な、何?」



 みのりはコーヒーを置いて、椅子ごと向き直る。



「先生、俺ら明日試合があるんだけど、応援に来てくれるよね?」



 二俣は、さも〝当然〟と言わんばかりに、その話を持ちかけた。



「何時から?」



 みのりの方も、〝迷惑〟とは思っていないらしく、スケジュール帳をめくって予定を確かめる。



「昼の1時から。」


「こんな時期に、何の大会?」


「秋季大会です。」


「ふーん……、あ、明日はダメだ。」


「……ええぇ~、何で?先生~。」


「明日は、筝曲部の練習があるの。100周年の式典前だから、私がいないわけにはいかないのよ。」



「ええぇ~!」



 二俣は駄々っ子のように、口をとがらせた。


 遼太郎は、態度には出さなかったが、心の中の落胆は大きかった。



 近すぎると落ち着かなくなるが、見守ってもらえると安心する。遼太郎にとって、みのりはそういう存在だった。



「私が行かなくても、他の女の子とか誘えばいいじゃない。」



 みのりがそう言うと、二俣は顔を少し赤くした。



「いや、もう俺の彼女は来る予定なんで…、他の子誘うと何かと問題が……。」



 みのりはニヤリと、笑いが漏れてくるのをかみ殺した。



「へぇ?なんだぁ、二俣くん。彼女いるんだ?何年生?」



 二俣は首の後ろを掻きながら、顔をますます赤くする。



「いや、この学校じゃなくて、御幸高校の2年生なんです……」


「ふ~ん…。でも、二俣くんが誘うんじゃなくて、狩野くんや衛藤くんが誘えば問題ないんじゃないの?」



 急に話を振られて、遼太郎と衛藤は顔を見合わせた。初めから、そんな気はさらさらなかったという感じだ。



「女の子が難しいなら、他の先生に来てもらったら?悠木先生なんてどう?」



 悠木は、今年新卒の国語講師。2年部なので3年生の授業にはいっていないが、小柄で可愛らしい感じで、そして何といっても若く、男子生徒に人気があった。


 三人は悠木の方をチラッと見遣ったが、別段興味もなさそうに、



「だって、あの先生とは、話したこともねーし。」



と、まだみのりが応援に来ることにこだわっている。



 フッとみのりは、ため息のような笑いを漏らした。



「ま、今回がダメでも、花園の予選には行ってあげるから。ね?……そうだ、これあげる。」



 机の一番下の引き出しを開けて個包装になったクッキーを3つ取り出し、一人ずつ手渡すと、小さい子をなだめるように満面の笑みで三人を見つめた。




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