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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
7 別れの決心
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別れの決心 Ⅱ



 みのりが教室を出て行くと、教室全体が何が起こったのか……という空気に包まれ、静寂が漂った。



「どうしたんだろ、先生。私、何か悪いこと言った?」



 不安顔で、宇佐美は遼太郎の前に座る平野という女の子に話しかけた。



「いや、別に……。何か思い出したのかな?」



と、平野は推理したが、本当の理由は知るはずもなく、会話は途切れた。

 他の生徒たちも、ひそひそと首をかしげながら話を始める。



 みのりが赤くなったのは、〝ひと夏の経験〟を思い出したからではない。

 遼太郎は、今みのりが、確実に自分と目が合ってから赤面したことを確認していた。


 本当の理由を知っている当の遼太郎は、みのりと同じくらい赤い顔をしていたが、頬杖をつき、教室の中心から顔を逸らせて窓の外を見ていた。


 そして、目を閉じて、心の中に澱のように漂う罪悪感を感じて、また息苦しくなった。


「仲松先生って、三十歳って言ってたけど、そんなふうに見えないよね?」



 平野の方が、再び口を開いた。机に肘をつき、拳に顎を載せていた宇佐美が、相づちを打つ。



「そうだねぇ、もっと若く見えるよね。いろいろ気を遣っているのかな?」



「そうかもね。服とかも、若い感じのかわいいのをたくさん持ってるし。どこで買ってるのか、教えてほしいなー。」



 これは女の子ならではの着眼点。遼太郎は、みのりがどんな服を着ているのか、なんて気にしたことはなかった。



「それに、顔も可愛い感じで若く見えるよね。メイクでかな?」


「でも、あんまり厚化粧じゃないよね?ってか、ほとんどメイクしてないんじゃない?あ、それに、スタイルもいいよねー。」


「そうそう、私も思ってたー。出るところは出てて、引っ込むところはしっかり引っ込んでるよね。しかも、細い!」



 『出るところは出てて…』という言葉に、ビクッと遼太郎は反応した。


 手のひらの感触が甦ってきて、右手をきつく握った。必死に自分の中に残る感覚を消滅させようとしたが、顔の火照りは治まるところではなかった。




 一方、教室を飛び出したみのりは、廊下の角を曲がり、階段のところで足を止めた。



 もちろん〝忘れ物〟などないので、職員室に戻る必要はない。踊り場の壁に額を付けて、手のひらで顔を覆った。



「……不覚……。」



 またしても生徒の前で醜態をさらしてしまったことも、みのりの動揺を大きくしていた。


 吸って、吐いて、吸って、吐いて…。


 大きく深呼吸をしてから、気持ちを落ち着けようとみのりは努力する。あまり教室を不在にして、授業に穴をあけられない。

 しかし、焦る気持ちが加わると、なかなか制御が利かなくなる。



――落ち着いて。私がこんなんじゃ、狩野くんの方は、きっともっと困ってしまう……。



 不思議なことに、遼太郎の気持ちを考えると、みのりの動揺はスーッと落ち着いていった。頬の紅潮も引いていくのが、自分でもわかった。



 みのりは気持ちを切り替えて、教室へと戻る。教室のドアを開けて入ると、



「ごめんね。」



と、何事もなかったようにニッコリした。


 そして、プリントにしている全県模試の過去問を配り始めた。



「さて、これから全県模試までは、教科書はちょっとお休みにして、補習の時と同じく、模試の演習をします。」



と、プリントが行きわたったのを確認しながら説明する。このまま、普段通り授業が始まれば、なんとか乗り切れそうだ。



 だが、先ほどの質問がそのままになっていたことを、宇佐美は許さなかった。



「先生!さっきの話、終わってないんですけど。ひと夏の経験。」



 みのりは、『何の話か…?』という顔で、宇佐美を見返す。

 みのりの視線がこちらに向いていると分かっているので、遼太郎は目を逸らして、心の中で宇佐美をなじった。



――このやろう……!蒸し返すなよ!



 でも、今度のみのりは動揺しなかった。



「ひと夏の経験って、そんな暇あるわけないじゃない。土日以外で、3日しか休みが取れなかったんだから!」


「えっ!?夏休み、たったの3日?」


「そうよ。ずーっと仕事してたんだから。」



 その仕事の大部分は、自分の個別指導が占めているのだろうと、遼太郎は申し訳ない気持ちになった。



「でも、その3日間は何したの?」



と、平野の方も興味を示す。



「何でそんなこと知りたいの?」



 みのりが怪訝な顔で平野を見たので、遼太郎はまたサッと視線を逸らした。



「だってー、先生が学校にいない時にどんなことしてるか、知りたいんだもん。」



 生徒にとって、先生のプライベートは興味の対象のようだ。


 ふん、と鼻で息を吐いて、みのりは答えた。



「その3日間は実家に里帰りよ。帰ったら、親がうるさいからあんまり帰りたくないんだけどね……。」


「何で、うるさいの?先生、大人なのに、まだ親からいろいろ言われるの?」



 かわいい質問に、『まだ子どもなんだなぁ……』と、みのりは笑いをこらえた。


「帰ったら、お見合い写真が五人分も用意されてたんだから。うんざりもするでしょう?」



 おおーーーーーーーっ!!



 「お見合い写真」という言葉に、クラス中がどよめいた。


 生徒たちの反応のツボが、みのりにはいま一つ理解できない。



「先生、いい人いた?」


「お見合いしたの?」



と、生徒たちの目が希望に輝いている。


 生徒たちにまで心配かけているのだろうか。それとも、単に人の縁談に興味があるだけだろうか、とみのりは複雑になった。



「いい人もいなかったし、お見合いもしてない。だってまだ、お見合いなんてしなくたって大丈夫だもん。」



 まだ恋愛結婚が可能だと言わんばかりの、みのりの言い方に、生徒たちは否定もできず、かと言って無責任に肯定もできず、黙り込んでしまう。それほど、アラサーにとって結婚の話題は、むやみに触れられない微妙な問題だった。



 沈黙が漂ったところで、主導権はみのりに移り、すべからく演習問題が開始された。



 みのりにより、てきぱきと問題の解法の要点が指摘され、演習問題が進められていく。


 黒板に向かい板書をするみのりを、見つめている遼太郎。その中には、なぜか少しホッとした心もちと、言いようのないもどかしさとが入り混じっていた。


 そして、みのりが振り向くと、遼太郎はプリントに目を移し、問題に取り組んだ。





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