別れの決心 Ⅰ
夏休みが終わり、芳野高校には生徒たちがいる日常が戻ってきた。
二学期制を導入しているので、夏休みが終わっても、始業式などはない。通常の全校朝礼が行われるだけで、その後は普通に授業が行われた。
この日のみのりは2限目・5限目に1年生の授業があり、6限目に3年1組の授業が入っている。
文化祭の衝撃から数日経ち、この日も1年生の授業を行ったことで、みのりは普段通りの心の状態を取り戻せていた。
体育の後の授業になる3年1組の授業には、チャイムがなってしばらくして、わざと遅れ気味に教室へ入った。
9月に入り、体育は水泳ではなくなったので暑かったのであろう、着替えた後もみんな汗をかき、火照った顔をして下敷きで扇いでいる。
いつもの教室の状態に、みのりはホッとした。月が替わったので席替えをしたらしく、みのりが記憶していた席順とは違っていた。
礼を済ませて、みのりが口を開いた。
「夏休みはどうでしたか?……って、ついこの前補習であったよね?」
一部の生徒がクスッと笑いを漏らす。
「夏休みが終わったら、3年生はいよいよ受験に向けて本番になってくるねー。……ましてや、推薦組はこの1・2か月が正念場だよね?」
という現実を持ち出すと、生徒たちは途端に神妙な顔つきになった。
「ということで、まずは夏休みの課題よ!これを出さないことには、始まらないからね。今日この後、提出して下さいね!」
生徒の中の数人が、悲嘆にくれたため息を漏らしたので、みのりはそちらの方を見遣った。
「…何?もしかして、課題やってないの?」
「だって、みのりちゃん。多すぎじゃね?」
二俣が口を開く。確かに彼は部活もあったし、他教科の課題もあっただろうから、大変には違いなかった。
「でも、ほぼ2か月前に渡してるんだけどなぁ~。」
みのりは怪訝そうな顔をして、二俣を見た。
「まあ、今日出せない人は、少なくとも2・3日中には提出してね。あんまり遅いと減点対象になるから気をつけて。……さて。」
と、授業に入ろうとする。
――よし!いい感じ。普通に授業ができそう……!
みのりは教卓の前で、これから配布するためのプリントを確認しながら、心の中で拳を握った。
だが、まだお勉強をする気分でない宇佐美が、口を開いた。
「先生は、夏休み何かあった?ひと夏の経験とか……?!」
「……ひと夏の経験……?!」
無視すればよかったものを、みのりは無意識に宇佐美の問いに答えてしまった。
宇佐美の方を見た拍子に、そのななめ後ろに座っている遼太郎と目が合った。
不意打ちを食らって、遼太郎を意識してしまったみのりの顔が、みるみる真っ赤になる。
「ああーっ!先生。赤くなったー!」
「何があったのー!?ひと夏の経験、聞きたーい、先生ー!!」
宇佐美をはじめ、生徒たちはみのりを冷やかした。高校3年生とはいえ、こういう時はとても子どもっぽい。
「………!!」
みのりは「何もない」と答えようとしたが、胸の鼓動が激しく脈打ち始め、手の甲を口に当てたまま何も言葉を発せられない。
今日は極力、遼太郎のことは見ないように心がけようと思っていた。
そして、たとえ遼太郎を見ても、平静を保っていようと心に決めていた。
だが、席替えをしていて、どこに遼太郎がいるのか確認できていなかった。心の準備をしていないまま、ダイレクトに目が合ってしまい、心の動揺を映して顔の方が勝手に反応してしまった。
何も言葉にならず、みのりはますます顔を赤くする。冷やかしていた生徒たちも、ポカンとした顔をして様子を窺いはじめた。
みのりは両頬を両手で隠しながら後ずさりをして、後ろ手に出入り口のドアを開けた。
「……ちょっと、……忘れ物……」
やっとのことでそう言葉を絞り出すと、教室を飛び出し、速足でその場を逃れた。




