文化祭での事件 Ⅳ
午後からの片づけでは、クラスの生徒全員がどんどん働いた。
みのりも、何もなかったかのように敢えてはつらつと、さらしてしまった醜態を忘てもらうためにも、率先して汗を流した。
作るのは大変だったけど、壊すのは簡単。片づけは、あっという間に終わった。
生徒も放課になった後、就業時間が終わると、みのりは即行で帰宅した。
やはり、今日はあまり生徒と顔を会わせたくなかった。自分のアパートに戻ってリラックスしたかった。
コーヒーを飲みながら、〝いつか読もう〟と思っていた本を引っ張り出して読んでみる。難解な日本史の専門書。たまにこうやって感覚を磨いて、自分をアップデートしておくのも大事なことだ。有意義な時間を過ごせると、心も自ずと満たされてくる。
時間忘れてそれを読み耽った後は、いつもより少し手の込んだ料理に挑戦する。
気持ちもお腹も満たしたら夜も更けてきたので、お気に入りの入浴剤を入れて、ゆっくりお風呂に浸かった。
満ち足りた気分になって、ベッドに横になろうとした時、携帯メールの着信音が鳴った。
携帯電話を見てみると、遼太郎からのメールだ。個別指導のことだろうか……と、開いてみる。
『夜分にすみません。今日、1年5組の迷路の中で、先生を捕まえたのは、俺です。
先生を驚かせようと、先生だと分かっててしました。驚かせるどころか、怖がらせてしまって、すみませんでした。
だけど、あれはわざとじゃありません。わざとじゃないけど、本当にすみません。反省してます…』
みのりは、これは本当に遼太郎からのメールかと、自分の目を疑った。
そして、震える手で確認して、遼太郎からのメールに違いないことが判ると、携帯電話を放り投げてベッドに突っ伏した。
――狩野くんに、……胸、触られた……!!
怒りの感情などは全く湧かず、ただただ恥ずかしさだけが込み上げてくる。
自分では制御できない動揺が通りすぎるまで、赤く火照る顔を枕に押し付けて、ただ待つしかなかった。
心臓が口から出てきそうなほど、激しい鼓動を打っている。迷路の中での感覚が、何度もみのりの身体に甦ってくる。
しばらくして、みのりはベッドに仰向けになり、何もない天井を見据えた。心臓の上に手を置いて、呼吸を落ち着ける。
――……大丈夫、大丈夫よ。私が気にしなければ、いい話なんだから。
みのりは必死になって、自分に言い聞かせた。
みのりが動揺したら、罪悪感に駆られている遼太郎も困ってしまう。あのくらいのこと、何のことはない。時が経てば、記憶も薄れて何もなかったかのように、きっと感じられるようになる……。
それに、あれが誰だったかが判明したことで、ちょっと安心した部分もあった。遼太郎だったのは意外であり、恥ずかしく思う気持ちに変わりはないが、嫌悪を抱く感覚は全くない。
生理的に受け入れられない相手だったら…と考えると、却って「遼太郎でよかった…」とさえ思えてくる。
ようやく、みのりは感情を制御できて、起き上がれた。
「よし……!」
と、みのりは気持ちを切り替えると、携帯電話を手に取った。
『正直に言ってくれて、ありがとう。必要以上に怖がってしまって、恥ずかしいです。でも、大丈夫!気にしてないから、狩野くんも気にしないでね。 おやすみなさい。』
みのりからのメールを読んだ遼太郎は、大きな息とともに罪悪感を呑み込んで、スマホを置く。勉強机の椅子に腰を下ろすと、机に肘をついて頭を抱えた。
メールの文面では、『気にしてない』と言ってくれてはいるが、遼太郎の心のつっかえはとれない。
みのりのことだから、きっとこんなふうに言ってきてくれるとは思っていた。
でも、あれだけのことをしておいて、みのりのあの身体の震えを感じ取っていたからこそ、みのりが自分を気遣ってこう言っていると、遼太郎には分かっていた。
〝自分がやった〟という告白をするかどうかも迷ったが、遼太郎には黙っていることは出来なかった。
悩んだ挙句メールを送り、みのりから優しい内容のメール受け取っても、それでも遼太郎の罪悪感は消えない。
――何で、あんなことしてしまったんだろう……。
今更どうにもできないことを、遼太郎は悔やんだ――。




