文化祭での事件 Ⅲ
女の子はみのりが付いてきていないことに気が付かず、どんどん先に進んでいるみたいだ。女の子を、そして出口を探して、暗闇を手探りで進むが、いかんせん迷路だからそう旨くはいかない。
――ひとりになっちゃったよう……。
生徒たちは息をひそめ、心細くなったみのりの足音だけが響いている。天井の方を向くと、光が入ってくる窓辺の方向だけは分かったので、それを頼りにみのりは出口の方向へと少しずつ移動していった。
迷路は出口の前で、ベランダへの出入り口の方へと向かっている。
――こっちじゃない……。
と、みのりが方向転換した瞬間、みのりの視界に両手が浮かんだ。
……かと思うと、その両手がつながる腕は、みのりの両肩を拘束していた。
突然のことに、みのりはハッと息を呑んで目を見開き、身体を硬直させる。その次の瞬間には、その腕は更にみのりの身体に巻きつき、ギュッと力を込めて、みのりの自由を奪った。
振りほどこうにも恐怖で身体がこわばっているし、顎が震えて声も出ない。真っ暗な空間の中で、心臓の鼓動だけが、耳のすぐ側にあるかのように聞こえる。
緊張のあまり息が苦しくなってきて、 呼吸が荒く激しくなってくる。
みのりは目を瞑って、無意識に胸の前で拳を握り、身をすくめた。その拍子に身体を捕捉している腕を、みのり自身の腕で押さえつけてしまった。
次の瞬間、みのりの顔に血が上った。
みのりを捕らえてる片方の手が、みのりの左の胸の膨らみを掴んでいる……!?
――誰なの!?どうして放してくれないの!?
誰なのかは判らないが、この腕の力強さは、男子に違いない。
身体がガタガタ震えだし、動揺したみのりの目から、とうとう涙がこぼれ落ちた。
「あれ、仲松先生は?」
「え!?私は知らないよ?」
「うそ!置いてきちゃった!?」
「仲松先生ー!」
そんなやりとりが、出口の方から聞こえる。
すると、みのりの身体に巻き付いていた腕は力を緩め、みのりは解放された。
振り返っても、黒い服を着ていた上に迷路の向こうに隠れたのだろう、そこには暗闇があるばかりで人の気配もなかった。
「ああ!仲松先生、いた!」
「置いてっちゃって、ごめんね。先生。」
ようやく女の子たちが立ちすくむみのりを見つけてくれ、あっという間に出口へと連れていってくれた。
明るい所に出られてホッとしたのと、さっきの衝撃が入り交じって、みのりは廊下の隅にへたり込んだ。
様子を見に、何人かの生徒が近寄ってくる。
「あっ!先生、泣いてる……!」
一人の男子が大声でそれを指摘した。
「……ごめんなさい。先生。」
先ほどの女の子たちが謝ってきたので、みのりは不覚にも泣いてしまったことを後悔した。
「大丈夫。中でちょっと驚かされて、びっくりしただけだから……。」
みのりが指先で涙を拭きながらそう言うのを見て、女の子の一人が立ち上がった。
「ちょっと!いったい、仲松先生に何したのよ!!泣いてるじゃない!!」
と、迷路の出口から中に向かって怒鳴った。
「えっ!?俺、何もやってないぜ。」
「俺も……。」
中の男子たちは、戸惑いながら自分の潔白を主張する。
「大丈夫。大丈夫だから、男の子たちを責めないで……。」
みのりはそう言って、壁を支えに立ち上がった。
そうは言ったものの、まだ胸の鼓動は激しく気持ちも落ち着いてはいない。みのりはよろけながら、やっとのことで職員室へと戻った。
文化祭実行委員会によるグランドフィナーレが体育館で行われている最中、みのりは大分遅れて体育館に姿を現した。
気持ちを落ち着けて、平常心を取り戻すのに、随分時間を要してしまった。
昨日と同じ体育館の2階から、1年5組の生徒たちの列を見下ろし、男子生徒を一人一人確認していく。迷路の暗闇の中で、捕まえられた時の感覚を思い出して、あの時の犯人を探した。
もしかして、きつく叱られたりした子が、仕返しをしたのかもしれない。……でも、あの腕からは、そんな悪意は感じられなかった。
――それにやっぱり違う……。
みのりは思考を繰り返して、思い直した。
あの腕や体つきは、もっとがっちりしていた。もしかしたら1年生じゃないのかもしれない。……でも、だったら誰が1年5組の教室にいたのだろう……?
身体を締めつけたあの腕……。
何故だか、みのりはあの腕を知っているような気もする。しかし、考えようとすると、おぼろげで曖昧な記憶の方から逃げていく。
結局、いくら考えても犯人が判るはずもなく、犯人探しをする度に、あの迷路の中での出来事と感覚を思い出してしまう。思い出す度に動悸は早まり、じっとりと汗が出てきて、精神衛生上よくない。
みのりは一つ大きなため息を吐き、〝犯人探し〟をすることをやめた。




