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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
5 それぞれの夏休み
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それぞれの夏休み Ⅴ



 あっという間に後期の補習も始まり、遼太郎の個別指導も再び始まった。



「この前は、アイスご馳走様でした。」



 と言う律儀な遼太郎は、さらに日焼けして精悍になっていた。

 充実した夏休みだったんだということが見て取れて、みのりは頼もしく感じる。



 日本史の演習問題の方も、要領を得てきたのと知識が定着してきたのか、かなり出来るようになってきていた。


 でも、九月の全県模試はマークシート方式なので、今までのような問題の解法とは少し違ってくる。一問一答のような勉強の仕方では限界があり、もっと時代や事項の総合的な理解がなければ高得点は望めない。



 後期の補習からは、クラス全体でも全県模試の演習をしようと、みのりは考えていたので、遼太郎の方には知識の定着の方法を伝授するつもりだった。



 真っ新なノートを遼太郎に差し出して、



「さて、自分で参考書を作るのよ。」



と言った。



「……えっ?自分で……?!」



 遼太郎はちょっと驚いたように、みのりの顔を確認する。




「問題をやっていると、いつも同じようなところで間違えたり、忘れてたり、解らなくはないけど記憶がごちゃごちゃになってたりするでしょう?」



 ウン、ウンと遼太郎が頷く。



「ということは、問題の出方というのは、大体パターンがあるって気が付いてる?」



 また、遼太郎はウン、ウンと頷いた。



「本当に!?気が付いてる?」



 念を押されて、不安そうに遼太郎が目を合わせた。



「……はい、何となくだけど……。」


「…….すごい!狩野くん。頑張った成果が出てるみたいね!」



 みのりが目を丸くして、歓喜を浮かべた。



「それが自分で分かれば、大分理解できてる証拠よ。『ここが出る、あそこが出る』って、他人からいくら言われても、自分からそれを発見できてないと、なかなか学力って定着しないのよ。それでね?出題パターンを頭に入れた上で、自分の知識を整理するために、このノートにまとめなおすの。」



 ちょっと訳が分からない、といった感じで、遼太郎は首をかしげる。



「教科書の初めからの内容を、まとめなおすわけじゃないのよ。あくまでも、よく出題されるところの自分の弱点を整理しなおすのが目的。ちなみに、これがお手本。」



と、みのりが使い古されたノートを取り出す。



 それは、採用試験の勉強で、みのり自身が作り上げたノートだった。大きい字、小さい字、いろんな色のペンで、ノートの余白がないくらいびっしりと書き込まれている。

 その詳細さに、遼太郎は驚いて息を呑んだ。



「書き込みすぎて、何が何やら判らなくなってるけどね……自分で書いてるから、どこに何が書いているのかは、分かるのよ……。」



と、みのりは少し恥ずかしそうに、小さく笑った。



「これを狩野くんにあげてもいいけど、これは採用試験用の内容だし、やっぱりノートをまとめる過程で知識が定着されるからね。自分で作ったノートじゃないと、あんまり役に立たないと思うし…」



 そう言いながら、みのりは遼太郎にノートを差し出した。


 ピンク色のノートには、かわいいキティちゃんの絵がある。その絵柄を、思わず遼太郎は凝視した。



「このノート、嫌?貰い物なんだけど、今新しいノートはこれしか持ってないのよ。これが嫌なら、購買で……。」



「いや、このノートでいいです。」



 遼太郎が両手で受け取ったとき、



「おお!狩野!!やってるな!」



と、大きな声と共に大股の足音が近づいてきた。



「仲松さん、世話になるね!」



 みのりと遼太郎が振り返ると、ラグビー部顧問の江口が後ろに立っている。



「おはようございます!」



と、遼太郎はいつもの習慣からか、反射的に立ち上がると、大きな声で挨拶をする。

 みのりの方は、江口ににっこりと微笑んた。



「いえいえ、頑張ってるかわいい生徒のためですから、これくらい。」



――かわいい生徒って、俺のことか……?



 遼太郎は、首の後ろを掻きながら、みのりと江口を交互に見やった。



「狩野だけじゃなくて、二俣と衛藤もお願いしたいけどなぁ。」



 みのりの椅子の背もたれに手をついて、江口がそう言うと、遼太郎はぎくりとした。


 みのりとのこの朝のひと時を、誰にも邪魔されたくないという気持ちが、遼太郎の無意識の中にはあった。



「二俣くんと衛藤くんですか?うーん……、狩野くんの個別指導はかなりハイレベルなんですよねー。一緒には無理だと思うんですけど、また他の方法を考えておきます。」



 江口を見上げながら、みのりが答えると、遼太郎はホッと胸をなでおろした。

 そして、みのりが机に向き直ったところで、江口はまた口を開いた。



「そうそう、この前ラグビーの指導者の集まりで石原ちゃんに会ったよ。『仲松さんは元気か?』って言ってた。よろしく言っといてって。」



「石原先生……、そうですか。」



 〝石原〟という名前に、みのりの思考が一瞬止まったが、思い直したように再び江口を振り返る。



「石原先生、お元気でした?」


「おう、元気だったぜ。相変わらずヒゲ野郎だった。」



 みのりがクスリと笑うと、江口は手を振って体育教官室へと向かった。



 みのりは息を一つ大きく吐いて、意識の中から石原を追い出し、心を落ち着けた。



 マーク方式の演習問題を広げ、問題を解きながらノートの書き方を教えようとすると、今度は遼太郎が口を開いた。



「先生は石原先生を知ってるんですか?」



 みのりの心臓は「石原」という響きにいちいち反応し、みのりはハッと息を呑んだ。



「……い、石原先生?うん、三年前にここで一緒に働いてたからね……。狩野くんはラグビー部で、お世話になったのよね?」



 まだみのりの心臓は激しく脈を打っており、平静を装うのは大変だった。



「はい。石原先生、すごくいい先生でした。俺の一番尊敬している先生です。」



 遼太郎は胸を張って、誇らしげにそう言った。



「そう……!」



――そう、いい先生よ。だって私の好きな人だもの……。



 心でそう思いながら、みのりは自分のことを言われたかのように、喜びで表情を輝かせた。

 遼太郎は思わず、みのりのその表情に見とれてしまう。



「それじゃ、ラグビー部の半沢くんや中野くんも知ってるよね?」



 我に返った遼太郎が答える。



「はい、学年が一つ上の先輩です。」


「私、あの二人が1年生の時副担任してたし、日本史も教えてたのよ。卒業していったあの二人は、どんなふうになってたんだろうね。」


「いい先輩でした。ラグビーのルールとかもいろいろ教えてくれて。」


「ふうん……。」



 当時を思い出しているような目をして、みのりは頬杖をついて相槌を打つ。



「先生。そういえば、うちの姉ちゃんも先生に教えてもらったって言ってました。」



「えっ……、狩野くんのお姉ちゃん?」



 遼太郎の言葉に、みのりは手のひらを口に当てて、素直に驚いた。そして、記憶を検索するが、なかなか思い出せない。



「え、待って。お姉ちゃん、名前は何て言うの?」


「真奈美です。」



 みのりの記憶の中で、一人の女の子が浮かび上がった。



「ああ!狩野真奈美ちゃん!1年5組で日本史を教えてた。覚えてるよ、うん。えっ!?狩野くんのお姉ちゃんなの?」


「はい。」



 返事をしながら遼太郎は、みのりと話題の共通点があることに嬉しくなってくる。



「……あぁ、そうだったんだ。って、あんまり似てないよね?女の子と男の子の兄弟って、高校生くらいになるとあんまり似てこなくなるのかな?うちの弟も私とあんまり似てないし……。」


「先生も、弟がいるんですか?」


「そうそう、大学に残って『研究』とか言って、28にもなるのに、まだ親のすねかじりしてるのよ。」



 うんざりしたように、みのりは肩をすくめる。そして、気を取り直したように、



「真奈美ちゃんは元気?」



と、遼太郎に訊いた。



「はい、東京の大学に行ってるんですけど、夏休みに帰省して、元気でした。」


「そっか、東京の大学にね。狩野くんも法南大学に行ったら、二人とも東京だから、お父さんとお母さんは大変だー。それに年子だし、よく育ててくれましたって、感謝しなくちゃね。」



 みのりの言葉に、遼太郎は恐縮するように小さく頷いた。



「さて、雑談は楽しいけど、またにして。さっきの続き、ノートの書き方だけど…」



 みのりは一瞬で頭を切り替えて、遼太郎と演習問題に取りかかった。



 しかし当の遼太郎の方は、先ほどのみのりの微笑んだ時の表情の余韻がちらついて、なかなか問題に集中できなかった。




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