それぞれの夏休み Ⅳ
実家で1週間ほどゆっくりしようと思っていたみのりだったが、古庄からの電話が入り、たったの3日で学校へ戻らなければならなくなった。
夏休みの終わりに行われる文化祭の準備を、手伝ってほしいというのだ。
芳野高校の文化祭は、早く受験体制を整えたいのと、授業時間を確保したいとのことで、八月の末に行われる。生徒たちは、授業を犠牲にすることなく、夏休みを利用して文化祭の準備に専念できるということらしい。
古庄は、その準備を自分だけの手に余るものだから、みのりに助けを求めてきた。みのりは副担任なので、当然と言えば当然なのだけれど。
副担任をする1年5組の企画は、「暗闇迷路」。文化祭で毎年どこかの組がやっているような、ありがちな企画だ。
窓に暗幕を張り、机と段ボールで迷路を作るという、いたって単純なものだけれども、暗幕・段ボールやガムテープなどの用具を集めたり、設計図を書いたり、準備は何かと煩雑だ。
特に、大変なのが大量に必要な段ボールの収集。徒歩と自転車では限界があるとのことで、みのりの自動車でも収集することになった。
車に生徒を乗せて、スーパーやコンビニで段ボールをもらって車に積み込み、学校に戻るということを、ひたすら繰り返す。
蝉のけたたましさと気が狂いそうな暑さの中、みのりは生徒と共に、汗だくになって作業をした。
一緒に作業する中で、クラスの生徒同士は仲よくなり、それに伴ってみのりも今まで以上に生徒と打ち解けられ、準備も楽しくなってきた。
しかし……、
「みーのーり、ちゃーん!」
馴れ馴れしく呼ぶ者がいる。
こんな風にみのりを呼ぶのは、二俣しかいない。
声がする方を見ると、ラグビー部の一団が移動中だった。その一団の中から、二俣と遼太郎と衛藤が抜け出してやって来る。
「何やってんの?」
仁王立ちする熊。やはりそんな体格の二俣は、ただそこにいるだけで1年生たちを威圧した。あまり3年生の男子と関わりを持つことのない女子生徒は、どぎまぎした表情だ。
みのりは遼太郎と衛藤の方にも視線を向け、元気そうな様子に安心して、目であいさつした。
「何って、文化祭の準備よ。」
「ふうん。」
と、二俣はみのりが手をかけていた段ボールを、代わりに車の中から引っ張り出してくれた。
「ラグビー部は菅平から帰ってきてたのね?充実した合宿だった?」
みのりがそう尋ねると、途端にラグビー部の三人は、合宿の記憶が甦ったのか、一瞬その顔を恐怖で凍り付かせた。
「……た、大変だったんだね?」
みのりが大体を察して声をかけると、二俣は涙をにじませた。
「……大変なんてもんじゃねーンだよ、みのりちゃん!!江口ちゃんのあのシゴキは…!何度『死ぬかも…』って思ったことか!!エンドレスのランパス…!合宿所までのランニング…!試合に次ぐ試合…!もう、きついのなんのって!!」
そんな二俣の訴えを聞いて、みのりは少し気圧されて目を丸くしたが、その目をくるりとさせて肩をすくませる。
「そう。でも、きつくないと練習にならないじゃない?」
みのりがそうサラッと言ってのけると、先日合宿前に同じようなことを言われた遼太郎は、ギクリとした顔をした。
そんな遼太郎の表情を見て取って、みのりは言葉を付け加える。
「そのきつさを乗り越えられたんだから、技術だけじゃなくて心の方も、きっと随分成長できたんだと思うよ。」
みのりがにっこり笑ってそう言ってあげると、三人はまんざらでもない顔をした。
しかし、優しい言葉をかけられて、二俣は調子に乗り始める。
「そう!俺たち頑張ったんだぜー!だから、みのりちゃん!」
二俣は両手を広げて、みのりにアピールした。
「アイスおごって!」
「…はあ!?」
みのりは作業の手を止めて、二俣を顧みた。
「こんなに暑いんだから、アイスの一つでも食べたくなるよ。なぁ!?みんな!」
と、二俣は周りの1年生に振った。
途端に、みんなの顔が〝アイス〟への期待に輝く。
「まだ、部活の最中なんでしょ?」
怪訝そうなみのりの返答に、二俣は反論した。
「いや、これから夕方まで休憩。暑いから。ねっ、お願い。遼ちゃんにはメロンパンくれたんだから、俺にも何かおごってくれたっていいじゃんかよー!」
みのりの目と遼太郎の目が、パチッと合った。
申し訳なさそうな表情をして、とっさに遼太郎は目を逸らす。
「ねー、ねー。みのりちゃん♪アーイース!」
という、矢継ぎ早の二俣の攻勢に、……みのりは折れた。
確かに、こんなに暑い中で頑張っているのだから、ちょっとしたご褒美も必要かもしれない。
「……わかった。その代り、みんなの分も買ってきてくれる?」
二俣はにんまりと笑い、パシリに使われることも厭わなかった。
ラグビー部の三人が近くのコンビニまで買い出しに行くことになり、みのりは二俣ではなく遼太郎を手招きした。
皆に背を向けて遼太郎の背に手を当てると、遼太郎も背を丸めて内緒話の体勢になる。
「人数が多いから、カリカリ君とか安いアイスにしてね…」
と、みのりは遼太郎に耳打ちして、お金を預けた。遼太郎はクスリと笑いながら、
「わかりました。ありがとうございます。」
と、うなずいた。
みのりが遼太郎に近寄ったとき、それまでラグビーをしていた彼からは、土埃と太陽の匂いがしていた……。




