それぞれの夏休み Ⅲ
「そうそう……。」
と、喜美代はスイカを食べる手を休め、手を拭きながらいそいそと奥の部屋へと行き、紙袋を下げて戻ってきた。
口にかかる種を出しながら、みのりが目にしたものは、お見合い写真。それも、5人分。
「どうしたの!?これ!」
「どうしたのって、いろんな人に頼んで、お嫁さんを探している人を紹介してもらったのよ。」
「ええぇ~……」
みのりは眉間に皺を寄せて、あからさまに嫌な顔をした。
「見てみないのに、そんなに嫌がりなさんな。」
と、喜美代は立派な台紙に入ったお見合い写真を開いて見せた。
「いろんな人に…って、誰に頼んだの?」
「うーん、お檀家さんやら、区長さんやら…あとは、保険の外交員さんやら……」
これを聞いて、みのりは愕然として天を仰いだ。
「信じられない!そんなたくさんの人に言って回ってるなんて…!」
これで見合いを拒否した日には、その人たちに何を言われるか分かったものではない。『お寺の娘は、歳も考えずに高望みだ』とか。
「お相手にも私の写真を渡してるの?」
「そうよ。」
喜美代は澄まして、お見合い写真を見比べている。
「何の、いつの写真?」
「あなたが大学院を修了した時の、晴れ着姿の写真よ。」
「……6年も前の写真じゃない!」
実際は三十歳なのに、あんな写真を渡したら詐欺になりそうだ。
「そう、もう6年前。あなたは三十歳になったのよ。それでなくても、高学歴の女は敬遠されるのよ。それに歳まで取ってしまったら、それこそ貰い手がいなくなるわ。」
深いため息を吐いて、みのりが視線を逸らす。
みのりがいい返事をしないものだから、喜美代の説教は止まらなくなった。
「これから相手を探して結婚するといっても、最低でも1年くらいはかかるでしょ。それから子どもを産むのは、早くてもその1年後になるのよ。子どもを産むなら、早く産んでおかなきゃ。子育てがきつくなるわよ。」
喜美代が言うことも、一理あった。のんびりしていると、結婚しても子どもを持つことは出来なくなるかもしれない。
でも、お見合いをすることは、何だか適当な相手で妥協しているようで、みのりには納得がいかなかった。
この歳までいろんなことを経験してきているからこそ、劇的な出会いなどないということは分かっている。だけど、妥協するくらいなら独りでいてもいいと、最近のみのりは考えるようになっていた。
……何より、心の中の石原の存在が、結婚に対してみのりを躊躇させていた。
「まあ、かあさん。みのりは帰ってきたばかりなんだから、ちょっとゆっくりさせてあげたらどうだい?」
隆生が居間に入ってきて、喜美代にそう言った。
「んもう!お父さんがそうやってみのりを甘やかすから、こんな親の言うことを聞かない娘になったんだわ!」
と、喜美代は今度は隆生に当たり始めた。
「親不孝で、ごめんなさい。」
みのりが肩をすくめると、隆生はみのりに目配せして、スイカを一切れ手に取った。
「まあ、どうでもいいけど。これ、写真と釣書に一応目を通してね。会ってもいい人がいたら、教えてちょうだい。」
喜美代が台所へ立つと、みのりはため息を吐き、お見合い写真の一冊を手に取った。
5人のうち、2人は生理的に受け入れられない感じがする…。結婚したら、当然子どもを作ることを期待されるので、触れられたくないような生理的にダメなのは論外だ。
その他2人は、当たり障りないというところ。不細工とまではいかないが、イケメンでもなく、中肉中背の何の変哲もない感じで、みのりの好みではない。
もっと強烈な個性でもあれば、惹かれるところもあるかもしれないのに……。
でも、そんな人間は、そもそもこんなお見合い写真をつかって古典的な婚活などせずとも、相手を見つけるのだろう。
残るもう一人の写真を開いてみたとき、隆生が口を開いた。
「その人は、町長さんの息子さんだそうだ。」
見た目は悪くはなく、好青年といった感じ。釣書を見たら、慶応大学卒業の秀才みたいだ。
しかし、町長の息子という立派な肩書を持った人に、一度でも会おうものなら、もう逃げられなくなりそうだ。
――こいつが一番ヤバい……。
と、みのりはおののいて、写真を置いた。
みのりの結論は、このなかに〝会ってもいい人はいない〟ということだ。
石原のような人がいればよかったのに…….とも思うが、石原の代用品は石原本人ではない。
それに、石原も最初に会ったときには特に何にも感じなかった。逆に、髭を見てギョッとしたくらいだ。石原の前に付き合っていた相手は、石原とは全くタイプが違う。
要するに、見た目とか自分が思い込んでいる好きなタイプとかは関係なく、その人と関わっていく中で好感というものは育っていくものなのかもしれない。
このお見合い写真の人の中にも、写真の印象とは違い、そんなふうに想える人物がいるかもしれない……。
でも今のみのりは、石原への切るに切れない想いと、日々の仕事の忙しさで、これ以上何かをしよう、動き出そうというエネルギーさえなかった。
「みのり。ちょっと外からおネギを採ってきてくれない?」
喜美代が台所から大声で呼ぶと、みのりは気を取り直して立ち上がった。
「うん、今日の晩御飯は何?」
「そうめんにしようかと思って。お父さんが食べたいんだって。」
「えー、そうめんだけ?それじゃ、栄養が足りなくない?お父さん、今は体を使ってるんだから、もっとちゃんと食べないと!」
「そうねぇ……」
「お母さん、そうめんと天ぷらにしようよ。私、作ってあげる。」
台所に並んで立つ母と娘を、隆生は微笑みながら眺め、スイカの最後の一口を頬張った。




