それぞれの夏休み Ⅰ
甲子園の予選も終わり、あっけなく二回戦で散ってしまった野球部の3年生部員たちも、涙の引退となった。
この甲子園の予選に、澄子は灼熱の球場へ応援に行った。
みのりも野球部の遠藤にせがまれて、3回戦には応援に行くつもりだったが、結局、男性教師のたむろする休憩室のテレビの前で、固唾を飲んで見守るだけで終わってしまった。
次の日の補習に、抜け殻のような、それでいて何かから解放されたような表情をした遠藤がいた。
――燃え尽きたんだなぁ……。
みのりは改めてそこまで夢中になれることのある彼を、うらやましいとさえ思った。
これで、現役として部活で頑張る3年生は、ラグビー部員だけになってしまった。
夏休みの前半にある前期補習が終わると、吉田高校の教師たちは少しだけホッとできる。
しかし、夏休みだからと言って、教員も家で休めるわけではなく、授業はなくても通常通り出勤はする。
それでも授業がないので、普段溜めている仕事や雑用、教材研究などに専念でき、部活指導にも力が注げる。
みのりが顧問をする筝曲部は、10月に行われる学校創立100周年記念式典のレセプションに出るので、その準備も始めなければならない。
曲目が決められ、練習が始まる。
本来3年生は引退しているのだが、有志で可能な者のみレセプションに出てくれることになって、みのりはちょっとホッとしていた。
みのりは筝曲部の顧問ということで、記念式典の実行委員にもなっていた。校長室で幾度か打ち合わせが重ねられ、具体的な仕事が詰められていく。
みのりはレセプションの担当で、その他ステージに関する雑用をすることになっていた。
こんな風にあれこれと仕事が入って、全く〝夏休み〟という気はしない。外は燃えるように暑いのだから、夏には変わりないのだけど。
遼太郎の個別指導は、前半の補習が終わったので一旦お休みにしようと、みのりは提案した。しかし、遼太郎の方から、部活のある日には答案を持ってくると言い出したので、添削指導に切り替えた。
遼太郎は、元来真面目な性格なのであろう。この前、かなりハッパをかけてしまったのを、みのりは少し後悔していた。
遼太郎が頑張りすぎるのが、心配だった。
真っ黒に日焼けしたユニフォーム姿の遼太郎が、職員室に入ってきた。
「あー、職員室は涼しいですねー。」
遼太郎は、答案で顔を扇ぎながら、みのりの元へ歩み寄る。
「外は暑いんだろうね。こんな暑い中練習なんかしたら、熱中症になりそうね。」
みのりは手元にあった団扇で、遼太郎を扇いであげた。
「いや、気を付けてるし普段鍛えてますから、暑くてしんどいけど大丈夫です。それに、暑い間は屋内でストレングストレーニング…って、筋トレをして、夕方日が陰ってから、グラウンドで練習をするんです。…はい先生、これ。お願いします。」
と、遼太郎が答案を差し出す。
「ふうん、頑張るねぇ。……それじゃ、これ添削して机の上に置いとくから、私がいない時は持って帰ってね。部活が合宿してて、そっちに行ってるかも。」
「え、先生も部活?」
「そうそう、筝曲部……なんて、ダジャレみたい。」
みのりがおどけた顔をすると、遼太郎はニヤリと笑い、会釈をして部活へと向かおうとしたが、足を止めて戻ってきた。
「あの先生、ラグビー部も明日から6日ほど合宿があるので、来れないんですけど…」
答案を開いて、添削に取り掛かろうとしていたみのりが顔を上げた。
「あら、そう。6日間もどこで合宿するの?」
「……あの、菅平です。」
遼太郎の声色に、少し恐怖がにじんでいる。
「菅平って、長野県の?ああ、ラグビー合宿の聖地みたいなところよね?全国の強豪も合宿に来てるでしょうから、バンバン練習試合ができるね。」
「…はい、毎日試合です。それも、何試合も。試合の合間も延々と練習があって。早朝練習に、長距離ランニングなんかもあります…。」
気が遠くなりそうな遼太郎の表情は、合宿がどれほど過酷なのかを物語っていた。
「地獄の6日間というわけね。」
遼太郎は目を閉じ、無言で頷く。
「まあでも、秋の花園予選に向けて、本当に大事な合宿だよね。いろんなことを吸収して成長できるチャンスだから。強くなるためには、貪欲にならなきゃね。そう思えば、きついことも『どんと来い!』だよね!」
と、肉体的にきついこととは無縁そうなみのりは、親指を立ててサラッと言ってのけた。
無責任なみのりの励ましに、遼太郎は苦笑いをして、もう一度頷くしかなかった。




