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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
27 最後の授業
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最後の授業 Ⅶ



 消沈した面持ちで、石原がベランダから中へと戻ってきた。自分も同じ表情をしているとは、遼太郎自身は気付いていない。

 みのりと話をできなかった男が二人、対峙する。



「仲松先生に、用事だったんですか?」



 遼太郎に気を遣われて、石原は苦笑いした。



「うん?ああ、ちょっとね…。」



 そう答える石原の様子を見て、遼太郎は石原もみのりのファンなんだと直感したが、みのりが遼太郎に話した不倫相手だということまでは、洞察できなかった。



「今日は仮卒なんだろ?今さら何やってるんだ?」



 みのりのことについて詮索されたくない石原は、さらりと話題を変える。



「日本史の卒業レポートなんです。提出しないと、卒業できないらしいから…。」



 それを聞いた石原は、面白そうに髭で囲まれた口を緩めた。



「そう言えば、江口先生から聞いたけど、狩野は法南大学に行くんだって?すごいなぁ。花園予選もあったのに、よく頑張ったなぁ。」



と、石原は手放しに遼太郎を誉め、大学進学について喜んでくれた。


 そう言う石原は、法南大学よりももっと偏差値の高い、誰が聞いてもあっと驚くような大学を出ていることを、遼太郎は知っていた。


 それでいて、それを鼻にかけることなく、いつも真摯で前向きな態度で、生徒への思い遣りにも溢れている。

 ラグビー部に入部したばかりの遼太郎の適性を見抜いて励まし、ラガーマンとしての基礎を作ってくれたのも、当時江口と共に顧問だったこの石原だ。



 自分は石原には到底およばないけど、石原のようになりたい――。

 遼太郎は石原と接するとき、いつもそう思った。そして、そんな風に尊敬している石原から誉められれば、遼太郎もとても嬉しかった。



「ありがとうございます。」



 遼太郎が頭を下げ、そう礼を述べると、



「うん、頑張れよ!」



と、石原は遼太郎の背中を叩き、男でさえ惚れてしまいそうな笑顔を、遼太郎にくれた。



 石原のような男になれれば、みのりの言う〝いい男〟になれたと胸を張れるのだろうか。

 今そうなれていたら、なんの気負いもなくみのりに告白できるのに…。



 1年部の学年主任と話す石原の背中を見つめながら、遼太郎はそう思った。





 澄子の淹れてくれた紅茶の香りが湯気とともに漂い、ホッとみのりの心を緩ませた。まだ冷えている指先を、紅茶のカップに当てて温める。

 みのりは一口それを口に運び、深く息を吐いた。



 職員室から逃げ出したみのりは、途中の道でも石原と顔を合わせないようにするため、御幸高校とは反対側へと向かった。。

 それから、石原の家とは逆方向へと車を走らせ、県境付近までドライブして時間をつぶした。


 その後も、石原がアパートまで来るかもしれないので帰るに帰られず、澄子のアパートへと逃げ込んできたのだ。



「やっぱりあの後、石原先生、職員室へ来てた。みのりさんの席のところで、狩野くんが何かしてたでしょ?石原先生、みのりさんがいないものだから、狩野くんと話をしてたわ。それはそれで、楽しそうだったけど。」



 澄子は、みのりが不在のみのりの席での光景を報告してくれた。

 遼太郎がいた時に石原が来たということは、まさに間一髪で逃げられたということだ。



「狩野くんは、石原先生と話をしてた?楽しそうに?」


「うん、そう見えたけど。」



 それを聞いて、みのりは心を少し軽くした。

 自分がいなくなったことで、遼太郎は尊敬する石原と話をすることができた。遼太郎がいてくれたおかげで、石原の気持ちも少しは紛れただろう。



 けれども、両者に対するみのりの申し訳ない気持ちは、未だその胸にずっと渦巻いていた。



 石原に対しては、本当に酷いことをしていると思う。

 一方的に無視し続けられる石原の心を思いやると、みのりは自分を消し去りたくなるほどの罪悪感で、息もできなくなる。自分を想ってくれている人に、こんな仕打ちをする自分は、もう誰にも愛される資格はないと思った。



 遼太郎に対しては、話を聞いてあげられなかった申し訳なさがあった。


 彼の声の響きには、思いつめた悩みのようなものが感じられた。メールや電話ではできない話ならば、大事なことなのだろう。



――急ぎの用でなければいいけど…。



と、みのりは祈るような気持ちで遼太郎を思いやり、彼を想う切ない痛みが通り過ぎるまで、黙って目を閉じ耐えた。



 前に付き合っていた人と、今好きな人が遭遇する……。


 そんな状況になってしまったみのりの心の内の複雑さを思い計って、澄子はみのりの様子を見守った。



「みのりさん、今日は泊まっていくよね?」



と、気を取り直して澄子が尋ねる。済まなそうに、みのりが肩をすくめ、



「いつも、ごめんね。澄ちゃん…。」



と謝る。すると、澄子は軽快に笑った。



「寂しい女同士。いっそのこと一緒に住んじゃう?」


「今から?澄ちゃん、今度の異動で学校変わっちゃうでしょ?」


「そっか。私、今度異動なんだった。」



 布団の準備をしながら、澄子は今更ながらに自分の境遇に気が付いていた。



 4月になったら、澄子も芳野からいなくなる。何かあった時に、こんなふうに頼れる親友もいなくなる。


 みのりは言いようのない寂しさに襲われたが、これからは何があっても自分で何とかできるように、「強くなろう…!」と、心に言い聞かせた。




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