卒業レポート Ⅵ
一方、遼太郎の方は、みのりの寂しそうな涙を見て、レポートどころではなくなり、何も手につかなくなってしまった。
みのりの涙は、遼太郎の心を切なく侵し、動揺させた。
みのりには泣いてほしくない。でも、自分を含め3年生が卒業していくことは、どうしようもないことだ。
泣くことが避けられないことならば、遼太郎はせめてその涙を、自分が受け止めてあげたいと思った。
それに、卒業までに時間がないことに、みのりの言葉によって改めて気づかされた。このままぐずぐずしていたら、自分は卒業してしまい、本当にみのりには会えなくなる。
いつの間にか、みのりに気持ちが通じていて、みのりの方から告白してくれるなんて、……絶対にありえない。
現状を進展させるためには、教師と生徒という一線を越えるためには、自分から行動しなければ。そうしなければ、自分はただの生徒の一人として、みのりから送り出されて、みのりとの関係も終わってしまう。
「遼ちゃん。ただ、一回『好きです』っていうだけじゃ、多分みのりちゃんには通じないぜ。」
放課後、部活に行くために第2グラウンドへ向かいながら、二俣がそう口を開いた。
遼太郎の心の内を読んでいるような、二俣の意見に、遼太郎は目を丸くしてその顔を見上げた。
「だって、相手は先生だぜ?生徒が『好き』って言っても、そういう意味の〝好き〟って思ってくれないぜ。『あら、ありがとう。先生やってて良かったわ』ってな感じで、とても本気にしてもらえないぜ。」
――その通りだ…!
遼太郎は心の中で、二俣の意見に同意した。
じゃあ、どうすればいいのだろう。
恋愛経験ゼロの遼太郎にとって、どう相手に伝えていいのかも分からない上に、それが本気にされないのならば、本当にお手上げ状態だった。
「ふっくんなら、そんな場合、どうする?」
遼太郎は、二俣に助けを求めた。そんなふうに尋ねられて、二俣は眉を動かす。
「そんなこと俺に訊いて、俺がその気になって、みのりちゃんに告ってもいいのかよ。」
と、面白そうに口元を歪める二俣を、遼太郎は怪訝そうな目つきで見つめて、目を逸らした。
――冗談じゃない。
それでなくても、二俣は『俺のみのりちゃん』と言って憚らないし、気安くみのりと肩を組んだりしている。
訊くんじゃなかったと、遼太郎が溜息を吐いたとき、再び二俣が口を開いた。
「俺だったら、本気にしてくれるまで、何度でも『好きだ』って言い続けると思うな。」
二俣らしい考え方だ。きっと二俣ならば、そうするだろう。
しかし、本気にされなくても告白し続ける勇気が、自分にあるだろうか。
それに、何度も告白する時間がまだ残っているのだろうか……。
「それとも、いきなり押し倒すとか。」
二俣がそう言った時、遼太郎の思考が止まった。
「え…?!」
その意味を理解して、遼太郎は驚いて二俣を凝視する。
すると、二俣はやっぱり面白そうに、ニヤリと口角を上げた。
「しっかりバインド(※)して、足かいて。遼ちゃん、あれだけ練習して、得意になっただろ?タックル。」
二俣にからかわれているのが分かった遼太郎は、真っ赤な顔をして二俣を睨んだ。
「…バカ野郎!」
ようやく言葉を絞り出すと、遼太郎はスポーツバッグを担ぎ直して、二俣よりも足早に、第2グラウンドへと急いだ。
二俣にはそう言ってからかわれたけれども、早くどうにかしないと、もう本当に時間がない。
遼太郎が卒業しても、みのりは来年も芳野高校にいるから、告白すること自体は別に卒業までに限らなくてもいいんじゃないか……。遼太郎はつい自分に甘くなり、決断を先送りにしようかとも考えた。
けれども、すぐさまその思いを打ち消した。
自分が大学へ行って離れている間に、みのりが結婚してしまう恐れがある。
やはり卒業までに想いを伝えて、みのりが今すぐにそれに応えてくれないにしても、4年間待っててくれるように懇願しておかなければならない。
それが出来なければ、みのりと一生一緒にいることは、はかない夢のままで終わってしまうだろう…。
遼太郎はそう思いながら、覚悟を決めた。
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※ タックルやスクラムなどの時、腕全体を使って相手を抱え込む(ホールドする)こと




