意外な人物 Ⅳ
それにしても、意外だったのは、あの女子生徒が二俣やバスケ部の平井ではなく、遼太郎に反応したことだ。
二俣は目が大きく眼光鋭い派手な顔つきで、背は高く均整のとれた筋肉の持ち主だ。平井に至っては、やはり長身でイケメン俳優のような風貌で、モテるのも頷ける。
この二人に比べて遼太郎は背も低いし、顔つきだって地味だ。でも、あの女子生徒にとって、遼太郎には、この二人とは違う魅力があるのだろうか……。
何となく解るような気もするのだが、はっきりとは解らない。もどかしさが、みのりの鳩尾に渦巻いた。
それから、やっと1年生の生徒たちから解放されて、職員室へ戻る途中、渡り廊下に差し掛かった。午後になり日が傾くと、渡り廊下には日が射し込んできて、ムッとする熱気がこもっている。
渡り廊下の両端にいくつも置かれている、自習や個別指導のための長机に、先ほどの授業の荷物を置いて、みのりは窓を開けようとした。
だが、この校舎は老朽化しているためか、サッシが歪んでいて、なかなか窓が開かない。
生徒たちがぞろぞろと行き交う中、みのりは一人で悪戦苦闘した。
誰か、力のありそうな男子に開けてもらおうと、周りを見回していた時、みのりの背後から腕が伸びた。そして、みのりの力ではなかなか開かなかった窓を、いとも簡単に開け放った。
みのりが振り返って顔を見上げると、先ほど話題に上っていた遼太郎だ。
「ああ、狩野くん。ありがとう。」
すぐ背後にいた遼太郎は、声をかけられて、みのりを見下ろした。小さな会釈をして、いつものようにはにかんだ表情を見せる。
……みのりの目の高さに、遼太郎の肩がある……。
遼太郎はいつも二俣の巨体の傍にいるためか、小柄に感じられていたが、意外と背が高いことに気がついた。
そして、髪の毛がぐっしょりと濡れていることにも。
「さっきの時間、体育だったの?もう水泳が始まってるのね。」
プールから3年1組の教室へ戻るには、この渡り廊下を通る。遼太郎は、〝何で判るの?〟という表情を見せたが、手を髪にやって納得しているようだった。
「こっちの窓も開けますか?」
プールバッグを長机に置いて、遼太郎が気を利かせた。
「そうね、暑いから開けちゃいましょう。」
と、みのりはそう声をかけ、遼太郎と一緒になって窓を開けにかかった。
遼太郎が5枚の窓を開ける間、結局みのりは1枚の窓も開けられず、みのりが開けようと格闘していた窓も、遼太郎が日に焼けた腕を伸ばして手を添えるとスッと開いた。
――おお!さすがラグビー部!
と、みのりは心の中で喝采し、この前の試合のことを思い出した。
「そういえば、この前の県大会の試合、勝った後の次の試合はどうなったの?もう終わってるよね?」
この問いに、遼太郎は渋い顔をした。
「次の試合は、都留山高校とだったんで…」
と、それから先の言葉を途切れさせた。
都留山高校は、県内では敵なしの花園の常連校だ。ラグビーのために、県内はもちろん県外からも人材を集めている。このような学校に勝てるはずがないのは、みのりもよく分かっていた。
負け試合になるのは明白だから、二俣も『応援に来て!』と言ってこなかったのだと、みのりは納得する。
「…そうかぁ…、やっぱり都留山高校は強いんだねー。」
と言ってはみたものの、どうやら遼太郎の様子では大敗したみたいだ……。何と言葉を繋げていいか分からず、みのりは言い淀んだ。
でも、何とかして遼太郎を励ます言葉はかけてあげたい……!
そう思ったみのりの頭に、先ほどの1年生の女子のことが過った。……女の子に騒がれてることを、遼太郎は喜ぶだろうか……?