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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
3 意外な人物
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意外な人物 Ⅲ



 6月になり、生徒たちの衣替えも済んで、制服の白さが眩しくなった。一つ季節が進み、3年生はいよいよ受験に臨む体制になりつつある。



 恐れていた全県模試も終わり、みのりは緊張の採点に取りかかっていた。6月の全県模試は記述式なので、採点の後データのみを送ることになっている。


 一人一人の名前などは確認せずに、どんどん採点を進めていくのだが、○よりも×をする頻度が多いような気がしてくる。


 後は集計というところで、コーヒーを注いできて一息吐いた。



「仲松ねえさん、日本史はどうだった?」



 みのりをこう呼ぶのは、古庄だ。彼は1年の担任ながら、みのりと同じく、分割授業で3年の私立文系の地理を担当していた。

「今、マルつけが終わったから、これから点数を出すところ。地理はどう?」



 みのりはコーヒーを飲みながら、振り返って答えた。



「うーん、まあ。こんなもんじゃないかなー。私文は推薦狙いがほとんどだから、模試の点数は伸びないだよなぁ。」



 古庄の言うことは的を得ていた。


 私立文系の生徒たちの約半数は、指定校推薦で進路が決まってしまう。この推薦の形式は、大学の方が高校に優先的に入学させてくれる人数を知らせてくれ、これを受けて、高校の方は学校内で適当な生徒を選考する。

 これに選ばれた生徒は、その大学への進学はほぼ決定する。


 あとの残り半分の生徒たちも、ほとんど普通の推薦入試で決まってしまうので、本試験に臨むのはほんの少数ということになる。



 なので、模試に対するモチベーションが、センター試験を受験しなければならない生徒に比べて、低くならざるを得ない。



「さて、私も点数を出してみますか。」



 みのりは肩をすくめて、ため息を吐き、机に向かった。


 100点満点で、30点代、40点代の子がザラザラ出てくる。ちょっといいかな、くらいが60点代くらい。中には、一桁の子もいた。


――これは…、もしかして平均50点いかないかも……。



不吉な予感を頭によぎらせながら、みのりは電卓を打ち続ける。


 ……と、その時、電卓に表示された数字を確認して、手を止めた。

 打ち間違えていると思い、もう一度計算し直す。



「……え、ウソ……」



 〝82〟という数字を目にして、思わずつぶやく。すかさず、この高得点を取った名前を確認した。




――狩野遼太郎。




 ドキン!と、みのりの鼓動が高鳴った。なぜドキドキするのか分からないが、びっくりしたのは確かだ。



――よし!この調子で!!



と、勇んで採点を続けたが、結局遼太郎を越える点数の子はいなかった。


 それどころか、次に点の良かった真面目な女の子も70点だったので、10点以上も引き離して、遼太郎は私立文系では断トツの一番だった。


 平均点は辛うじて50点に届いたので、ひと安心というところ。遼太郎の点数がなかったら、50点には到底届かなかっただろう。


 その後の1年生の授業の後のことだった。



「先生、この前の試合、応援に来てたっしょ?」



 そう訊いてきたのは、副担をする1年5組の佐藤と荘野。彼らもラグビー部だ。



「高山高校との試合?雨の日にやった分ね。」



 別にこそこそしていた訳でもないので、気が付かれてても当然だった。



「何で他の先生は来なかったのに、先生だけ来てたんすか?」



「何でって、二俣くんにしつこく言われたのよ。応援に来てくれって。」



 週番が板書を消すのを手伝いながら、みのりは答えた。



「えっ!?先生、二俣先輩知ってるんすか?」



 ラグビー部の二人は、目を丸くする。



「知ってるも何も、3年1組の授業に行ってるもん。週に4回も。」


「ええっ!先生は3年生の授業にも行ってるんすか?」



 生徒にとっては、1年部の教員が3年の授業に行くというのは、不思議らしい。



「えー!先生、3年生の授業にも行ってるのー?」



と、食いついて来たのは、会話を端で聞いていた女子生徒たちだった。



「行ってるけど、1組だけよ。それも日本史選択者だけ。」


「えっ、えっ!?先生!男子の先輩、誰がいる?」

 すごい勢いで女子生徒が数人集まって来て、気圧されぎみに、みのりは答える。



「ええと、バスケ部の平井くんとか、野球部の遠藤くんとか、弓道部の白浜くんとか…」



「ああ?平井先輩!すっごいかっこいいよねー!!」



 みのりの周りで、女子生徒たちが盛り上がり始めた。


 県大会があったおかげで、みのりも3年1組の誰がどの部活に入っているのか、大体把握していた。



「他には?先生!」



「サッカー部の大久保くんとか、さっき言ってたラグビー部の二俣くんとか、狩野くんとか、衛藤くんとか、後は…」



みのりは思い付くままに男子生徒を挙げていったのだが、話の途中で、一人の女の子の声が遮った。



「えーっ、狩野先輩!知ってるー!かっこいいよねー!!…いいなぁ、先生は、毎日3年生の教室に行けて…」



 この女子生徒の羨ましそうな眼差しに、思わずみのりはコケそうになった。



「いいなぁ…って言われても、私は仕事なんだから……」



――あの子たちの授業は、いい子にしてくれないから、とっても大変なんだぞ!



と、みのりは心の中で思ったが、それは口には出さなかった。





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