意外な人物 Ⅱ
そもそも、澄子がみのりの境遇に共感できないのには、訳がある。
澄子はみのりよりも一つ年下で、今年29歳になるのだが、未だ一度も男性と付き合った経験がない。
異性と手も繋いだこともないのだから、みのりと石原の濃厚な関係は理解の範囲内にはないのだろう。経験がないが故に、恋愛に関して幻想を抱き、潔癖すぎるのかもしれない。
いずれにしても、澄子の彼氏いない歴28年という状況を何とか打開しようと、みのりは他の女友達といろいろ画策していた。
気分を変えるようにカフェラテを一口飲んでから、みのりは先ほど気になったことを持ち出した。
「さっきね、『みのりさんも恋患い…』って言ったけど、『…も』ってどういうこと!?もしかして澄ちゃん、好きな人できた?!」
身を乗り出して、澄子に迫ってみる。
「えっ?!…いや、…その、あの…」
と、口ごもっていた澄子だが、とうとう「うん…」と頷いた。
口まで持っていっていたカップをカチャンと置いて、みのりは目を見張った。そんなことは澄子と知り合ってから、ただの一度もなかった事実だった。
「本当に!?うわ、一歩前進だね!誰?私も知ってる人?」
まるで自分の事のように満面歓喜のみのりに、澄子は小さく頷く。
「え、えっ、誰?古庄先生?前田先生?」
と、共通の知り合いの独身男性を次々に挙げていったが、澄子は首を横に振るばかりだ。
まさか、この澄子に限って既婚者に恋をするなんて、あり得ないだろう。
「あのね…….久我先生なの……」
この澄子の告白に、みのりは絶句した。
この久我という世界史の教師は、澄子よりも4つ年上で、離婚の経験があるらしい。その離婚の傷を今も引きずって、不眠症に悩まされているため、生活が荒れている。
「何で……?」
澄子の選択を肯定し応援したかったのだが、みのりの口を突いて出てきたのは、この言葉だった。
「私、ああいう枯れた感じの人が好みなの。」
澄子が恥ずかしそうに微笑む。
「枯れた感じって…」
またしても、みのりは言葉を途切れさせた。
久我の顔を覆う無精ヒゲが目に浮かんだ。シャツやズボンはいつもしわくちゃ。精気のない表情。
――あれを、「枯れた感じ」とは言わないでしょう……。
みのりは心中を読まれないように、無理に作り笑いをした。何とかして、澄子を応援したかった。
「とにかく、久我先生は独身には違いないから、望みはあるわね。」
みのりのこの言葉に、みのりの境遇を読み取った澄子は、表情を翳らせた。
少なくとも、久我は自由に恋愛が出来る立場にあるのだから、石原よりもずっと条件はいい。あの病んでいる久我の心を、恋愛に向かわせるのは難しいに違いないが。
「よし!作戦練ろう!まずは趣味よね。澄ちゃん、久我先生の趣味知ってる?」
みのりはカップに残っていたカフェラテを飲み干し、楽しげに身を乗り出した。