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決勝戦 Ⅵ



 芳野側の応援席の前で、芳野高校の選手たちが整列すると、惜しみない拍手が注がれた。


 号令をかけるキャプテンの二俣は、男泣きに泣いていて、声にならなかった。彼は本当に素直で、感情に裏表がない。そんな二俣の健闘を、観客たちは微笑ましそうに讃えた。


 二俣ほどではないけれど3年生は皆、涙がにじんでいる。遼太郎は泣き顔をみのりに見られたくなくて、顔を上げられなかった。




 決勝戦でなければ、このままグラウンドの脇で涙のミーティングが行われるのだが、これから表彰式が行われるので、再び選手たちはタッチラインに沿って整列し直した、。



 敗れたとはいえ素晴らしい試合だったと、表彰式を見ながらみのりは思った。


 後半は、芳野の1トライ1ゴールと、遼太郎のドロップゴールのみの得点だった。前半からの度重なるディフェンスで疲れていて、大量得点されてもおかしくない状況にも係わらず、後半は都留山に得点させなかった。


 19対10というスコアも、他県からも体の大きな精鋭を集めている都留山高校相手に、ここまで得点したチームも、ここまで抑えることのできたチームも、これまでの都留山の試合ではなかった。



 表彰式が終わると、ほとんどの観客がいなくなってしまった。澄子がみのりへと視線を投げ、暗に帰ることを促していたが、



――もう少し…。



と思いながら、みのりはそこに留まっていた。



 傾き始めた日差しは、柔らかな光で競技場を照らしていた。澄んだ空気の中に、選手たちが駆けた後の草の匂いが漂う。


 その芝生を蹴りながら、遼太郎が縦横無尽に走る光景を、みのりはまぶたの裏に映し出した。




 空へとまっすぐ伸びるゴールポスト。

 あの間を、遼太郎のドロップキックのボールが通って行った。



 今しか味わえないこの空気をみのりは胸いっぱい吸い込み、再び目を閉じる。胸に手を当てて、深く吸った息を吐き出した。



「澄ちゃん、帰ろうか…。」



 みのりがようやく、そうつぶやくと、澄子は黙って頷いて芝生スタンドを並んで歩き始めた。



 競技場の正面玄関の前を通りかかった時、江口から声をかけられた。



「江口先生、お疲れ様でした。」



 みのりと澄子は口々に江口を労う。



「はぁ…、せっかく応援してくれてたのに、やっぱり勝てなかったねぇ…。でも、あいつらなりに全力を出し切って、良くやったと思うよ。」


 江口はそう言って、苦笑いした。

 澄子は微笑んで頷いていたが、みのりは遼太郎たちのことが気になった。



「選手たちは、どんな様子ですか?」


「スタンド席の軒下で、まだ落ち込んでるよ。しばらくそっとしとこうと思ってな。……そうだ、仲松さん。ちょっと声かけてやってくれるか?」



 みのりはそう言われたものの、今は自分も出る幕はないと思った。


 2年半以上も打ち込んできたラグビーから引退するという現実を、今は3年生の選手一人一人が受け入れて、自分の力で消化しなければならない。



 それに…、今は遼太郎への想いを自覚した直後だ。遼太郎と顔を合わせてしまったら、自分がどんな反応をするのかも分からない。そのことでも少し怖かった。



 けれども、頼まれて固辞するわけにもいかず、気は進まなかったが、芳野の選手たちの姿を探した。


 玄関ロビーを抜け、グラウンドの方へと出ると、江口の言っていた通りスタンド席の軒下に、芳野の選手たちが座り込んでいた。打ちひしがれる3年生の横で、2年生や1年生が神妙な顔つきでそれを見守っている。


 みのりも同じように、遠くから選手たちの様子を見守っていると、不意に顔を上げた二俣がみのりを見つけた。



「みのりちゃん…。」



 立ち上がり、とぼとぼと歩み寄ってきた。



「俺…、花園に連れてってやるって約束したのに…、負けちまった…。ごめん…、みのりちゃん。」



 そう語る間にも、二俣の目から滝のような涙がほとばしる。


 熊のような大男が、こんなにも大泣きするなんて、みのりはこんな素直な二俣が可愛くってしょうがなかった。二俣の感情が伝染して、みのりも再び涙がにじんでくる。



「ううん…。花園行くよりもいい試合を見せてもらったから。すごく感動した。本当よ?」



 首を軽く横に振りながら、みのりは優しく微笑んだ。

 バッグからタオルハンカチを出して、濡れた二俣の頬を拭いてあげると、二俣は渋面を作りながらも涙を堪えようと唇を震わせた。



「みのりちゃん、遼ちゃんがあっちにいるから…。」



 二俣からそう促されて、みのりは遼太郎のいるところを確認した。


 皆から少し離れたところで、ベンチに一人で座り俯いている。

 ヘッドキャップを脱いだままの髪はくしゃくしゃで、その髪やジャージのところどころには、ちぎれた芝が、白いショーツには芝の緑が付いている。

 両肘をついている太腿の先の膝小僧は、擦り剥いて血がにじむ。



 自覚したばかりでまだ腫れ上がっているような遼太郎への想い――。

 それを胸に抱えて、躊躇しつつみのりは戦いを終えた遼太郎に近づいていく。すると、気配に気づいた遼太郎はチラリとみのりを一瞥して、目を伏せた。




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