雨の中の勇姿 Ⅶ
次に、目の前に整列したのは芳野高校の選手たち。
足の先はもちろん、頭のてっぺんから顔、肩から指先、とにかく全身が泥だらけだったけれど、みのりはそれを少しも汚いとは思わなかった。
「整列!礼!」
と、二俣の号令に合わせて、選手たちは頭を下げた。先ほどよりも、いっそう大きな拍手がおこる。
ほっとしたような笑顔を見せる選手たちに、みのりは誇らしさと頼もしさを感じていた。雨なんかものともせず全力で戦う姿は、男らしくカッコイイとさえ思えてしまう。
そして何より、最後まで諦めなかったひたむきさに感動していて、鼓動の激しさは治まるところではなかった。
試合が終わって、観客たちは席を立ってぞろぞろと帰り始めたが、みのりはしばらくラグビー部員たちを眺めていた。
あの泥まみれのままでは、バスには乗れないだろう。どこで体をきれいにするのだろう…?そんなことが頭をよぎった。
その時ふと、ヘッドキャップを脱ぎ、頭を振って泥を払った遼太郎と目があった。
みのりを見つけて、遼太郎はニッコリと嬉しそうに、泥だらけの顔をほころばせる。
――……う……。か、かわいい……!
みのりが思わず、その笑顔に見とれていると、遼太郎は側にいる二俣をつついて、みのりを指さす。
二俣も泥だらけの顔を上げたので、みのりは手を振って合図した。
「あれ、先生!!来てたの?始まるときにいなかったから、てっきり来ないのかと思ってた!」
二俣は観客席に向かって、大声を張り上げた。
――自分で〝来い〟と言っておいて、何を言ってるの?
と、みのりは面喰ってしまう。
「午前中に用事があるから遅くなるけど来るって、メールが来ただろう?」
遼太郎が二俣を再びつついた。
「えっ?先生からメール?俺のところには来てないぜ。何で遼ちゃんにだけメールが来るんだよ!」
二俣は口を尖らせて、みのりと遼太郎を代わる代わる見ている。
「先生にメール送ったのか?送らないと来るわけないんだぞ。」
「あっ……!」
二俣はペロッと舌を出した。メールアドレスを知りたがった割には、メールが来ないので『おかしいな』と思っていたが、
――どうせ、そんなことだろうと思ったよ……。
と、みのりはため息をついたが、すぐに笑い顔になった。この二俣は、こんなところがとてもお茶目で憎めなかった。
「お疲れ様!!」
みのりは両手を口の横にあてて、一言大声でこの雨の中の頑張りを労った。
二俣も遼太郎も、屈託のない笑顔で応えたが、その直後、
「集合!」
顧問の江口のただならない口調に身を縮こめた。
選手たちは、雨の当たらない観客席の方へ移って、着替えを始める。
着替える時に裸になるのを、まじまじと眺めるわけにもいかないので、みのりも退散することにした。
今日の試合の相手は、そう強い高校ではない。その相手に、辛うじて勝てるようでは、江口は〝よし〟とはしないだろう。
着替えた後、江口から激しい叱咤の雷が落とされることは、火を見るよりも明らかだった。
再び高速道路を1時間ドライブした後、アパートに到着したみのりが、車から降りて携帯電話を確認すると、新着メールが2件あった。アパートの階段を昇りながら、それらを開いて見る。
1件めは二俣から。
『二俣弘明です!今日は応援ありがとうございました。お陰で勝てました!江口ちゃんには怒られたけど…』
みのりはクスッと笑いをもらし、返事を打った。
『お疲れ様です。ひやひやしたけど、勝てて良かったね。それにしても二俣くんは、キャプテンでナンバー8なんだね。びっくり! 見直しました。 仲松みのり』
そして、もう1件は遼太郎からだ。
『今日は応援ありがとうございました。先生の声、よく聞こえました!何とか勝てたけど、もっとしっかりしなきゃダメだなと思いました。』
このメールの文面を見て、江口にかなり絞られたのだろうと、みのりは想像した。
少し考えてから、指を動かす。
『今日は雨の中、本当にお疲れ様でした。ドキドキする試合でしたが、勝てて良かったね。最後のトライ、かっこよかったよ!!また次の試合では、今日の教訓を生かして、頑張ってね!』
みのりはアパートの部屋に戻ってから、そうメールを送った。
うっすら西陽が射し込んでいるのに気がつき、窓辺から空を見てみた。
雲の切れ間から太陽が覗き、東側には虹が大きな弧を描いていた。
試合の爽やかな高揚感と感動は、みのりの心を敏感にしているらしく、虹を見ただけで涙がにじんできた。
感動の余韻はいつまでもみのりの中に残り、今まで経験したことのない新鮮な感覚が、まだ大きな鼓動を打たせていた。