雨の中の勇姿 Ⅵ
「押せ~、押せ~……。」
みのりが手を組んで呪文のように唱えると、それを聞き届けたように、ボールは青のジャージのスクラムの後方へ蹴り出された。
先ほどボールを投げ入れたスクラムハーフが再びボールを手にすると、素早く後方にいる背番号10番の味方にパスした。
「あっ…!」
遼太郎だ。
ベッドキャップを着けている上、泥まみれなので、いつもとイメージが違う。
遼太郎がボールを片手に走り出すと、次々とタックルの応酬を受ける。
遼太郎は素早い動きでそれをかわしていたが、攻防に参加してきた相手のフォワードの激しいタックルを受けて、泥の地面に叩きつけられた。
「………っ!!」
みのりは口を手で押さえ、声にならない叫びをあげた。
しかし、倒される直前、遼太郎の後方から走り寄った13番の選手に素早いパスしたので、まだ攻撃は続いている。
遼太郎は立ち上がって、指をさしながら味方に何か叫び、再び走り始めた。
センターの選手も、タックルをくらい倒れそうになるのを持ちこたえたところで、そこでモールになった。そこに猛然と泥を跳ね上げながら走り寄って来たのが、見てすぐに彼だと判る二俣だ。
8番の背番号、ナンバーエイトはチームのエースだということは、みのりでも知っていた。ナンバーエイトの二俣は味方の後ろに頭を付けて、力強く押し始める。
遼太郎も二俣も、授業中とは全く違う雰囲気に、みのりはただただ驚いていた。
ラグビーは身体と身体がぶつかり合う激しいスポーツだけど、今日のこの雨はその激しさに拍車をかけていた。高校生の試合とはいえ、間近で見るその迫力に、みのりは圧倒された。
ボールは相手チームの支配となり、攻防は一進一退だった。雨に濡れ、泥にまみれているせいか、どちらも動きに精彩を欠き、なかなかトライが決められない。
時間はあと5分を切っている。選手たちの焦りに呼応して、みのりの鼓動も激しくなった。
相手チームのウイングがボールを持つと、ディフェンスをかわして突進している。トライをされると9点差になり、逆転をするのは絶望的だ。
――誰か、誰か……!あの子を止めて!!
青のジャージが必死で追い駆けるが、なかなかタックルできない。二俣がタックルに挑んだ時、ちょうど観客席の前辺りに来たので、みのりは思わず立ち上がった。
「走って、走って、二俣くん!!諦めちゃダメよー!」
両手を握りしめて、授業で培った大声をはりあげた。それと同時に観客からも歓声が上がったので、みのりの声が届いたのかは分からないが、二俣は相手のウイングの腰に飛びついた。
トライ直前でタックルに成功、相手チームの得点は阻止された。
みのりはほっと胸を撫で下ろしたが、今のままでは敗けてしまう。でも、もう時間がない。
すぐさま追いついてきた芳野のフルバックが、ボールを拾い上げて逆方向へ突進し始めるが、程なくディフェンスに捕まる。
すかさず、ボールが遼太郎へパスされ、遼太郎はそのボールを高く蹴り上げ、陣地の回復を図る。そこで、時間はロスタイムに入ってしまった。
二俣が手を口に添えて何かを叫んでいる。遼太郎もそれに呼応するかのように、声を出しながら場所を移動している。ロスタイムに入り、相手側が守勢になった隙をついてターンオーバーし、芳野高校の怒涛の攻撃が始まった。
青のジャージの左ウイングがその俊足を活かし、グラウンドの半分ほど駆け抜けた。タックルで倒される直前で、サポートのため併走していた左センターにパスが繋がった。
「そう!走って、走って、走ってーっ!!」
みのりは叫びながら、自分も走っているかのように、その場で地団駄を踏む。センターは自分で行くかと思いきや、ディフェンスに阻まれる前に、ラインを作って走っていた選手にパスをした。
「……!狩野くん!!狩野くん!!頑張って!頑張って!!」
みのりは、パスをもらったのが遼太郎だと気がつくと、立ち上がり夢中で大声を出していた。
遼太郎はステップを踏んでタックルを一つかわし、二人目のタックルに捕まり、倒れながらもゴールラインを越えボールを押し込み、トライを決めた。
「やったーーーっ!!」
歓声が上がると同時に、みのりの歓喜も極まった。これで21対22となり、逆転した。その後、背番号15番の選手がコンバージョンゴールを難なく決めて、さらに2点を加え、そこでノーサイドとなった。
「はぁ……、勝った……。」
安堵したみのりがへたり込むと、隣にいた観客のおじさんが、共感した表情で笑いかけてくれた。みのりも苦笑いをして会釈をしたが、胸の鼓動はまだ治まらなかった。
10mラインに沿って両チームが並び、互いに向き合って挨拶してから、それぞれに敵陣の観客席の前で整列し、頭を下げる。
相手チームは突然降りかかった敗北に、呆然とした様子だった。でも、みのりはこの雨の中で一時間以上も頑張ったことを、精一杯の拍手で讃えた。