第八章 草原の守り手たち 其の二
憂鬱な気持ちで馬に乗ろうとしたラシュヴィーダを王妃が呼びと止め、首にかけていたネックレスをはずして彼女に渡そうとした。
「理由はともかく、あなたが知らせてくれたことは助かったわ。お礼にこれを差し上げましょう」
「いいえ。結構です。それよりタキロスは……、あの人は助かるんでしょうか」
考えている様子の王妃の表情は読めなかったが、その沈黙が怖かった。自分のことを怒っているにちがいない。自分のせいで彼があんなことになって……。
王妃はそれについては何も答えなかった。
おそらく、もう自分がタキロスに会うことは許されないのだろう。父母に納得してもらうのは難しいと彼も言っていた。こんなことが起きてしまってはなおさらだ。
「衛兵がヘルベベスの野営地の近くまで送りましょう」
「あの、タキロスは……。ごめんなさい。許されないことはわかってるんです。でも、あの人が助かったかどうかだけでも知りたいんです。助かってくれさえすれば、私はもう……」
また王妃はしばらく考えて、口を開いた。
「わかったわ。何らかの形で伝えるようにしましょう。あなたの部族は? お父様のお名前は?」
「ティトライカのハヌルティムです」
「ああ、大族長のハヌルティム殿ね」
ナジクに乗って、とぼとぼと森の道を帰るラシュヴィーダに王妃は馬を並べていたが会話は少なかった。やはり拒絶されているのだ。タキロスがあんなに頑張ってくれたのに、その結果がこんなことになってしまって。
涙を見せるのはかろうじてこらえていた。泣いても仕方がない。父の言うように、初めから無理な相手だったのだ。
森のはずれまで送ってくれた王妃に、ラシュヴィーダは馬上から礼を言おうとした。
見ると王妃は、丸い月の登りかける東の方を目を見開いて見つめている。振り向いてラシュヴィーダも驚いた。
半人半馬の群が現れている。
騎馬民族でも滅多に見られることのない種族なのに。
兵士たちが何事か王妃に訴えている。恐れているようだ。
とまどう声で王妃が尋ねた。
「少し待った方がいいかしら? 彼らは……」
「いいえ。大丈夫です。半人半馬は草原の守り手。私たちヘルベベスは半人半馬の血を引くと言われています。彼らは聖なる者。彼らを見ることはヘルベベスにとってはいい先触れなんです」
「半人半馬……私は初めて見るけれど、太古からの種族には敬意を払わなければね」
しばらく王妃は彼女と並んで、じっと月夜を背にした半人半馬たちを見ていた。
彼らはまるでラシュヴィーダを待っているように止まっている。
急にラシュヴィーダは気づいた。
「彼らが私を保護してくれます。ここで結構です」
「そう……」
王妃はその大きな緑の瞳でラシュヴィーダを見つめた。相変わらず彼女の考えていることはわからない。
「わかったわ。あなたも気をつけて」
「はい。どうかタキロスを……」
なんと言ったらいいかわからなかった。助かるかどうか、王妃にもわからないのだろう。
もう会えないのだろうか。本当に。もし助かったとしても。
それでもいい。助かりさえしてくれれば。
王妃は黙ってうなずいただけだった。
半人半馬たちはラシュヴィーダから一定の距離を保って、ティトライカの野営地近くまで、ずっと一緒に駆けていてくれた。あの日、タキロスが送ってくれたところまで。
そしていつのまにか姿が消え、ナジクはただ一騎で走っていた。
テントに戻った頃にはすっかり夜になっていた。
「ラシュヴィーダ! どこに行って……どうしたの? その顔!」
「母さん! ごめんなさい!」
テントの外で走ってきた母の腕に飛び込みながらラシュヴィーダは耐えきれなくて泣き出してしまった。
母は、ほかの兄弟たちをテントの外に出し、馬乳酒を飲ませながら、ゆっくりと話を聞いてくれた。
もちろん、母も喜ばないことは知っていた。タキロスが来て、一度は父も認めた話は聞いていたようだ。でも、もう何日か前の話だ。それまでラシュヴィーダがおとなしくしていたので、忘れたと思っていたのだろう。
「父さんにお話ししなくてはね。それから、ベシェンの居どころを確かめなくては。本当にあの子がドゥムルカンに通じていたとしたら、もうここにはいないだろうから」
「信じられないの……どうしてあの子が……」
母はひとつため息をついた。
「おまえにはベシェンがどうして私たちのところで働いているか話してなかったね。あの子は私たちがヤガラ族を倒したときに生き残った子で、あの子の姉はドゥムルカンの使用人になったんだよ。その時はドゥムルカンと共同して戦ったからね。でも、今頃になるまで接触があるとは思ってもみなかった。それも父さんに話しておかないと」
つらかったが、父に黙っていることはできないようだ。タキロスの生死もわからないのに。
「王子が死んだのか」
話を聞くと父は、まずそう言った。
「まだわからない! 死んでないかもしれないわ。あの魔法使いが助けてくれるかも」
「体が固まってきていたのだろう。デゲムの毒は最初からは症状が出ないが、背中が突っ張ってきて息が止まりやがて死ぬ。困ったことになった。襲撃したのはドゥムルカンだが、エルシノアにとっては同じヘルベベスだ。王子を殺したと攻めてくることは十分考えられる」
「でも、ドゥムルカンの仕業だと。私たちじゃないって、ちゃんと王妃様に話したの! あの人はきっとわかってくれるわ」
父は首をふった。
「エルシノアの王妃は狡猾だ。奴らにとっては部族がどこであろうと関係ない。そもそも昔からの仇同士、戦など大義名分さえあればいいのだ」
言うと父は立ち上がり、ジャスガルに話をするためテントを出て行った。
狡猾、と父は言った。悪い人には見えなかった。少なくとも自分のタキロスに対する気持ちはわかってくれたように見えた。許してはもらえなかったようだけれど。
本当に攻め込んでくるのだろうか? それとも、淡い期待をしている自分が愚かなのだろうか。エルシノアは魔物の国、恨みのつのる敵国。ずっとそう聞いていたが、タキロスに出会って考えは変わっていた。でも、そのタキロスは生死の境をさまよっている。
どうしたらいいのか、どう考えたらいいのかわからなかった。
「ナジク……」
おそらく、今のラシュヴィーダの気持ちを本当にわかってくれるのはナジクだけだろう。本当に一日よく走り続けてくれた。ものすごく疲れたにちがいないのに、ナジクは慰めるようにラシュヴィーダに鼻を寄せた。愛馬の背を撫でながら、ラシュヴィーダはたてがみに顔を埋めて、泣きたいように泣いた。
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読んでくださってありがとうございます<(_ _)>
遊牧民と馬乳酒について
馬乳酒はアルコール濃度1~1.5%ぐらいだそうです。
野菜や果物をあまり取らない遊牧民のミネラル、ビタミンの補給源となっており、子供も飲むそうです。
今回、投稿文字数が少ないので、一時頃、もう一話投稿します。
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これからもよろしくお願いいたします(^^♪




