第五章 エルシノアが攻めてきた! 其の四
出てみると、兵士達が暮れかけた大空に向かってしきりと矢を放っている。タキロスが大族長と兵士達に聞こえるよう、はっきりとした音量で告げた。
「撃たないでいただきたい。あれは私の家臣。悪いものではありません」
父は少し嫌な顔をしたが、配下の者達に、武器を下ろせ、と命じた。
翼の生えた人間ほどの大きさの魔物はしばらく大空を旋回していたが、タキロスが何事か命ずると、弓を下ろした兵士達の間の地面にゆっくりと降りたった。
人間に近い姿にカラスのようなくちばし、コウモリのような翼を持つその魔物はタキロスの前にひざまづき、何事かを早口で話した。タキロスがそれに答えると、魔物はまた翼を広げ、大空に飛び立っていった。
「家臣と呼んだな。魔物ではないか」
厳しく問いつめる父の言葉にタキロスは悪びれず冷静に答えた。
「魔物と人は呼びますが、他の国には住まない種族というだけです。それより、あの者は重要な知らせを持ってきました。ジェッキオに援軍が出ます。今はまだ都を出ておりませんが、明日か明後日にはこの地に到着するでしょう。こちらも備えをすすめなければ」
「人の言葉を話すのか、あれは」
「ええ。私とは」
武器を下ろした兵士達が、気味悪そうにタキロスを遠巻きに見つめている。エルシノア人は魔物使い。信用できる者ではないと、ラシュヴィーダも幼い頃から聞かされてきた。
タキロスのことを知っている今は、彼は信用できる人、怪しい人ではないとわかっているけれども、この中のいったい何人がラシュヴィーダの思いを理解してくれるだろうか。
タキロスは、場の雰囲気が変わったことを意に介さないかのように、きっぱりと父に向かった。
「策を練らなくてはなりません。今わかったのは援軍が出るという情報だけで、どれほどの数で、どのような装備かまではわかりません。あの者は数を数えませんから。諜報にはまた、別な者を出さなければならないでしょう。大族長の方は何かご存じのお話はありませんか?」
父は参謀のジャスガルに尋ね、ジャスガルは首を振った。
「まだわしの方には何も届いておらぬようだ。斥候は出しておる。順次帰ってくるはずなのだが」
「私の方もメトドラから何人か派遣してはおります。動きがあれば知らせるように。ただ、やはり空からの情報が一番早い」
「貴公のメトドラの方は、守りは堅いのか」
「メトドラはもともと要塞として造られた城ですから大丈夫です。それよりも、ジェッキオの動きが気になります。来るとすれば、もう一度森の西側を通ってくるか、それとも東側を迂回するのか、あるいは森の民と合流して森から来るか、ですが」
「東にはオレイグリ族がわしらの援軍として控えておる。すると西への備えが必要ということか」
「森の民の夜襲にも十分備えなければならないと思います」
ふん、と父は満足そうに笑った。
「なかなかやりおるな。さすが若獅子と呼ばれるだけのことはある」
誉められてタキロスは礼儀正しい笑みを浮かべた。
「私の出した軍は五百騎。援軍を要請はできますが、北エルシノアとはすこし距離があり、また父の方は援軍の準備をしてはおりますまい。こちらは伏兵を隠す森もなく、数で劣れば圧倒的に不利。できればジェッキオに新しい武器を使いたいと思うのですが、お許しいただけるでしょうか」
父は訝しげな顔をした。
「許可をもらわないといけないとは、どんな武器だ」
「まだ一度も実戦で試したことはないのです。東方では使われたことがあると聞きますが、この辺りではまだ誰も使っていないと思います。
うまくいけば、敵を混乱に陥れることができる。そこを一気に叩けば我らの勝利は確実でしょう。もし、失敗すれば、普通に戦うまでのことですが」
ジャスガルが眉をひそめて父にささやいたが、父はそれを片手で制した。
「よろしい。やってみるがよい。その進取の気性も父親譲りだな。もし本当にわしらにとって有利になるならば」
「ありがとうございます」
エルシノアの本陣に戻ることになったタキロスに、ラシュヴィーダは叔母の許可をもらって話しにいった。
「ありがとう、タキロス。なにもかも。でも、大丈夫なの?」
「武器のことか? ああ、おそらく。ずっと実験を繰り返して、ようやく扱いにも慣れてきた。きっとうまくいくと思う。そうしたら、その時は……」
タキロスは少し黙って、おもむろに口を開いた。
「君の返事はどうなのだろう。もしお父上が許可をしてくれたら。その……、あの日、私が言ったことを考えてみてくれただろうか」
こくん、とラシュヴィーダはうなずいた。
「ええ。あなたは二回も私を助けてくれた。もし、あなたがいなかったら、私は今、ここにはいられなかったわ。今度こそ、私の方が、あなたと一緒にいて、あなたの為になりたいの」
タキロスの顔にゆっくりと笑みが広がった。
「本当か。嬉しいよ、ラシュヴィーダ。うまくいくことを祈ろう。私としては君には身の安全を守ってほしい。できることなら戦線をはずれてほしいのだけど……。それはまだ、私の決められることではないだろうから」
「なるべく、気をつけるようにするわ。あなたもね」
「私は大丈夫だ。エルシノア軍を信頼してもらっていい」
おやすみ、と帰っていくタキロスを見ながら、ラシュヴィーダは心から安堵した。
このまま、うまくいきますように、エルシノアと私達をお守りくださいますように、と、ラシュヴィーダは声に出さずにそっと草原の守り手に祈った。
―――――――――――――――――――――――
読んでくださってありがとうございます<(_ _)>
「魔物」というのは「よくわからない悪い生き物」というニュアンスなので、タキロス達は「古き種族」と呼んでいます。人間の文明がやってくる前から自然とともに生きている古い種族、という意味です。
今回、文字数少ないので12時にもう一話アップします。
よろしくお願いいたします(^^♪




