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7.ライブへ行こう

「「ライブ!?」」

 春の面影を感じるようになってきた頃、朝の教室で佳澄と彩女の声が教室に響いた。その理由はリンが佳澄と彩女をライブに誘ったからだった。リンから誘われるどころか“ライブ”という言葉が出てくるとは思ってもいなかった二人は思わず絶叫してしまった。

「チケット貰ったんだけど、行ったことないし三枚くれたから一緒に来て欲しいなって思って・・・・」

 兄弟のことを初めて完司に話した日からもう何日も経っていた。世の中が盛り上がるバレンタインの日、折角なので完司と浦田さんにいつも通り図書館に行った日に手作りのチョコクッキーをプレゼントした。 佳澄と彩女にも好評だったチョコクッキーを受け取った浦田さんからはまたお笑いチケットが、そして完司からは自分が出るライブのチケットを渡された。

 あの日から完司は少し気まずそうに話しかけてきていた。家族のことをあれ以上聞いてくることはなく、またその話題に触れないように気をつけているのがよく分かった。

NEX(ネックス)!?知ってるし!」

 彩女がチケットを見ながら驚く。彩女の元彼がバンドマンだったらしく、同じステージに立つ事があった完司のグループを知っていたのだった。佳澄は彩女に付き添いライブハウスに行ったこととはあるものの、NEXを見た事はなかったので彩女のような反応はない。

「コウくんもあのバンドにいたのかぁー」

「でもそれっぽいよなー」

 合コンで少しは喋ったらしく、二人共コウのことを覚えているようだ。

 ドラム担当で前に出てくることも出来ないので、記憶に残らないのは仕方ない気もする。コウの桜色の髪の毛も、街中に出れば目立つかもしれないが、色とりどりの髪の色が密集するバンドマンの中ではそう目立ちはしないだろう。

「NEXって結構人気だぜ?」

 ライブハウスに出るようになってまだ一年も経たないらしいが、単独ライブの話を持ちかけられるなど人気は結構あるようだ。図書館にまで追っかけが来ていたぐらいだから、納得はできる。

「ライブとか彩に付き合って行ってた以来だから、いつぶりだ?」

「夏休みに行ったよな?」

 その日はオールで遊んで、と楽しそうに二人が思い出に浸りだす。

「で、ライブの話ね。行く行く。」

 少し二人で盛り上がった後、ようやく本題に戻り彩女がリンに返事をする。

「でもさぁー、タカスンってどんな服着んの?」

「うっ・・・」

 佳澄の質問に思わず声が詰まる。そう、リンは服装のことが一番気がかりだったのだ。佳澄や彩女は学校同様、私服もミニスカートが多く、夏は上キャミソール一枚が当たりらしいがリンはとてもじゃないけどそんな服装できない。

「まぁタカスンは清純派だからライブに行くような服持ってねぇだろ?」

 言葉に出すまでもなく、見抜いている彩女の言葉にリンは黙って頷く。

「よし、じゃあライブの前に彩の家集合な!」

 楽しそうに彩女が決める。自分だけでなく、人のヘアメイクを考えるのも好きなようだ。佳澄も楽しそうに「おうっ」と返事をする。少し緊張混じりでリンも返事をした。


 決戦の金曜日、学年最後のテストのことをほのめかし始めた授業も終わり三人で彩女の家に集合した。彩女は家に着くやすぐにリンに服を手渡した。どうやら昨日までに考えていたようだ。

「超似合ってるし!」

「み、短くない?」

 リンに着せられたのは膝上15センチのグレーのワンピースインナーの上に膝上20センチの赤色のロングニットの重ね着だった。ワンピースではないのに、ワンピースのように着るニットはロングとは言え確かに短い。

「真冬だったらカラタイだけど、冬も終わりになってきてるからニーソックスだな。」

                            ※カラタイ=カラータイツ

 お洒落には気合が必要、と言わんばかりの組み合わせに正直リンは戸惑っているが、折角選んでくれた服装を拒むわけにもいかない。結局リンは彩女から渡された膝上まである黒色のオーバーニーソックスを素直に穿く。

「いつも落ち着いてるタカスンが珍しくきょどってるな。」

 落ち着きのないリンをみて佳澄が茶化す。     ※きょどる=挙動不審状態になる

「だ、だって。」

 こんなに足を出したことがないので落ち着ける筈がない。

 茶化してきた佳澄はヒョウ柄のキャミソールの上に肩が開いたやっぱり丈の短い黒色のワンピース、そして紫色のオーバーニーソックスを穿いている。

「彩、コテ貸して。」

「いいよ。」

 落ち着かないリンをよそに露出に抵抗のない佳澄は髪の毛のセットへと取り掛かる。慣れた手つきで髪の毛を巻き、崩れないように仕上げのスプレーを振りかけている。その傍らで

「ぬ〜」

 リンが変な声を上げる。今まで化粧したことのないリンはファンデーションの下地を塗られるだけで変な感覚がしていた。

「ひ、皮膚呼吸が・・・」

「マジ初めて!?」

「今ドキ珍しいべ?」

 次はリンの顔にファンデーションを塗る彩女に、すでに化粧をしている顔に手を加えている佳澄が続く。

 いや、福岡で通っている高校では見かけなかったんですけど。休みの日とかは知らないが、前言ったようにとりあえず進学校だったのであまり見た目が派手な人はいなかったと思う。

「じゃあ今日は新しいタカスンのデビューの日だな。」

 意気揚々とリンを変身させる彩女は輝いて見えた。数年後にはプロとして、同じように誰かを変身させていくのだろう。彩女の将来のことをふと思うと、リンはまた自分の将来に少し不安を感じずにはいられなかった。


 やっぱり来るの間違ったかも・・・・。

 ライブハウスに来て一組目のグループが演奏を始めた瞬間にリンはそう感じた。

 リンの手入れを終えた後、さっさと自分の準備を追えた彩女と、時間を持て余していた佳澄の二人と一緒に始めてのライブハウスに訪れた。それほど広くないライブハウスに、同じような格好をした女の人やそれに見合うような格好の男の人がたくさんいる。人混みが苦手でも、佳澄と彩女と話をしたりして気を紛らわすことによって何とか持ちこたえることが出来ていた。しかし、演奏が始まるとそうはいかない。演奏が始まると共に盛り上がる佳澄と彩女、そしてその他の観客。以前の合コンの時のようにリンは完全に出遅れていた。

 狭い部屋の壁に跳ね返されることでより一層響く楽器の音、正直何と歌っているのか分からない歌声、そしてついていけない周りの盛り上がりに思わず倒れそうになる。

 そんな時腕をぐいっと引っ張られ、一瞬本気で倒れているのかと思った。

「リン、ちょっとこっちこい。」

 全部聞き取ることができなかったが、かろうじて聞き取れた声からとりあえず完司だろうということはわかった。そのまま歩き出す完司につられて付いて行くと、完全にステージに目が向かっていた筈の佳澄と彩女も気付いて後から付いてきた。

 薄暗い廊下を通り、通された明るい場所は控え室だった。

「一瞬誰か分からなかった。」

 そう笑いながら話しかけてくる完司も一瞬誰だかわからない。

「お互い様だよ。」

 そうだよな、と周りからも声が漏れる。顔を上げると、いつもとは違う皆がいた。

 黒が基調となっているものの、光るアクセサリー類を身に着け、見るからに“ロック!”という格好に加えセットした髪型、そして化粧をされた顔はほぼ毎日会っていても思わず見違えるほどだった。

「化粧うめぇ!それにセットも!」

 リンの後をついてきた彩女が思わず大声を上げると、近くにいたグループからキッと睨まれた。

「集中している途中だから、あまり大声出さないようにね。」

 睨んできたグループは出番が迫ってきているのか、ピリピリしたムードを漂わせていた。その人たちを刺激しないように優しく説明してくれたユキに対してリン達三人は「はぁい。」と小さく返事をした。

「化粧やセットは自分らでしたんすか?」

 どうしても気になるようで彩女は質問する。

「一応はね。足りないとこは俺がフォローしてる。」

「そっか、美容師ですもんね。」

 コウが軽く説明すると、合コンでの紹介を思い出して彩女が敬語で相槌を打つ。

「ライブハウスだと黒髪目立つな。少しふらつき始めてビックリしたぞ。」

 どうやら完司はチケットを渡した手前、来ているか気になりハウス内を除いたところみるみる元気がなくなるリンに気付き控え室へと連れ出したようだった。

「ありがと。」

 感謝の気持ちを述べると、化粧をしているのにも関わらず完司の頬が少し赤くなったのがわかった。そんな何気ない会話をしながら少し時間を過ごした後、とうとうNEXの出番が近づき雰囲気がピシッと変わり始めた。

「横で見ていけよ。今回だけ特別な。」

 ステージに向かいながらリンのことを心配して完司がそう促す。他に反対するメンバーは誰もいなかった。

 優しい言葉に優しい人達。幸せな筈なのに、リンは少し怖くなった。

 ステージの脇から演奏を始めた完司たちを見て思わず泣きそうになっていた。


「マジ感動しました!」

「やっぱすげかったです!」

 出番が終わった完司達と控え室に戻りながら興奮を抑えられない佳澄と彩女が半ば叫びながら賞賛する。もちろんリンも同じ気分だった。全員が目立とうとしてまとまりのないまま演奏を終えたグループとは違い、完司達のNEXはバランスの保たれた気持ちのいいグループだった。勿論曲もしっかりしていて、主張しすぎない演奏と完司の綺麗な歌声がマッチしてまるでプロのコンサートに来たような感覚になった。

 と言ってもリンはプロのコンサートなどに行ったことはないからあくまでもイメージであるが。ただ、他のグループと比べるととても同じ素人とは思えなかった。

「サンキュ。」

 素直に賞賛の言葉を受け止めるメンバーの嬉しそうな顔を、リンは何も言わずただじっと見ていた。

「どうした?」

 興奮が収まらないままの一同が控え室に着いたころ、完司がリンに話しかけた。一同の後ろを黙々と歩いているリンの表情が暗く曇っていることに完司はとっくに気付いていた。

「元気ないぞ?」

「あ、ちょっと疲れたみたい。」

「本当に・・・・」

「「マジでぇー!?」」

 ぎこちない笑顔で答えるリンの顔を見て完司は何か言いかけたが、その声は佳澄と彩女の絶叫によって遮られた。

「完司、レコード会社の人が来てる。」

 すげぇ、とまだでかい声を出している佳澄と彩女の傍、いたって冷静なユキがまだ控え室の中に入っていない完司に報告する。

「あ、本当?」

 完司もいたって冷静である。しかしさすがにリンはそういかなかった。

「すげぇじゃん!」

 さっきまでの暗い表情とは一変し、リンの表情がパッと明るくなった。しかも佳澄や彩女の話し方が移っている。思わず完司はプッと笑ってしまった。

「え?何?」

 完司が何故笑ったのかわからないリンはキョトンとした顔で完司を見つめた。さっきまでの暗い顔の面影はなくなっていて完司は少し安心する。

「教えない。」

 表情がパッと変わって面白く感じたというのもあるけど、今までと違う言い方をした新しいリンを見て嬉しく感じて笑ってしまったなんて、口が裂けても言えない。

「何?」

「教えない。」

 控え室に二人で入りながら行われる他愛のないやり取りにも幸せを感じて完司はまた笑ってしまう。


 しかし、続いて欲しかったその幸せは一瞬で終わってしまった。


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